君の知らない空



今日一日だけで彼との距離がぐっと縮まって、ずいぶん昔から彼のことを知ってるように思えた。


このまま、ずっと一緒に時を過ごすことができたらいいのに……という望みは、腕時計へと視線を落とすと同時に消えてしまった。


時刻は7時を過ぎている。
帰らなきゃいけない。
互いに何も言わないけど、名残惜しさを噛み締めて席を立つ。


コーヒー店を出ると、さりげなく彼が私の手を手繰り寄せた。繋いだ手をぐいと引かれるまま、ゆっくりと歩き始める。


握り締めた手の温もりだけが、きっと私たちの真実なんだと思えた。確かに、私たちはひとつになれた。


彼と繋がってる手、彼の踏み出す足、揺れるたびに触れ合う肩のすべてが愛おしい。


ここではない遠い場所へと意識を傾けていたら、彼の足が止まった。顔を上げた私の目に映った女性が、驚いた表情をして立ちすくんでる。


私だって驚いた。会うことはあっても、こんなところを見られるなんて思わなかったから。


「高山さん!  お久しぶりです、わあ……会いたかったんですよ、すごく嬉しいかも」


ぱっと笑顔を見せて大袈裟なほど喜んでくれてるのは、ジムのインストラクターの沢村さん。彼も驚いたのか、繋いだ手に僅かに力が込もったのを感じた。


「久しぶりです、お仕事は?帰りなんですか?」


と、私も笑顔で返す。


「はい、ちょっと寄り道して帰ろうと思って。高山さんもお仕事帰りですか?」

「あ、はい。偶然ですよね」


とっさに嘘が口をついて出た。申し訳ないと思っていると、沢村さんの視線が私から逸れて彼へと向いてる。目深に被ったキャップと眼鏡のおかげでわからないのか、沢村さんは首を傾げた。


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