Secret Lover's Night 【連載版】
「こんにちわ。お言葉に甘えてお世話になります。これ、良かったら皆さんでどうぞ」
「あらっ、ありがとう。いらっしゃい、ちーちゃん」

にっこりと微笑みかける母に、やはり千彩は俯いたままぬいぐるみを抱き締めていて。そんな千彩の頭をパシンッと叩き、吉村は深々と頭を下げた。

「すんません。どうも朝から機嫌が悪ぅて。ちー坊、ちゃんとご挨拶せんか!」
「…こんにちわ」

吉村に頭を叩かれ、チラリと視線を上げた千彩の目は涙目で。あらあら…と困ったように笑いながら二人分のスリッパを出す母を、吉村が軽く制した。

「すんません。今日はここで失礼します」
「あら。急ぐの?」
「はい。はよぉ来るように急かされてまして」
「ほんなら仕方ないわねぇ。気をつけてね」
「はい。ありがとうございます。ほな、よろしくお願いします」

再度深々と頭を下げ、千彩の荷物を玄関先に置いて吉村は扉に手を掛けた。それに待ったを掛けたのは、大好きなぬいぐるみを投げ出した千彩だった。

「ちさも行くっ!」
「あかん言うてるやろ」
「イヤー!ちさもおにーさまと行くー!」

吉村の腰にしっかりとしがみ付き、千彩は泣きながら最後の抵抗を試みる。そんな千彩をベリッと引き剥がし、吉村は再びパンッと千彩の頭を叩いた。

「あかんてなんべん言うたらわかるんや!」
「ちさも行くぅ…」
「おにーさまはお仕事や。お仕事の邪魔する子は悪い子やぞ!」
「だって…だってぇ…」
「だってちゃう!おりこーにしとけ。せやないと迎えに来んからな!」
「うぅ…わーん!」

とうとうペタリと座り込んで泣き声を上げた千彩を置いて、吉村は扉を押し開けた。

「暫く放ってたら泣き止む思いますんで、よろしゅうお願いします」
「はいはい。お気をつけて」

手足をバタつかせてわんわんと泣く千彩は、まるでおもちゃ屋の前で物を強請る子供のようで。何でこんな女が兄と…と、壁に凭れかかって腕組みをしていた智人は鈍い頭痛にフルフルとゆるく頭を振った。
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