Secret Lover's Night 【連載版】
智人にとって、三つ上の兄である晴人は憧れの存在で。幼い頃からスーパーマンのように何でも出来た兄は、いつでもどこでも人気者だった。

そんな晴人が智人の自慢でもあり、コンプレックスでもあり。そんな複雑な思いを抱えて過ごしてきた。

「ちーちゃん、一緒にケーキ食べようか?」
「おにーさまー!わーん!」

それだと言うのに、目の前でわんわんと子供のように泣いている女は兄の結婚相手で。もっといい女がいるはずなのに何で…と、苛立ちながら智人は玄関口に降りてグッと千彩の腕を引いた。

「取り敢えず入れ」
「うー…」
「服が汚れる。どうせお兄に買うてもろた服なんやろ。大事にせんかい」

無理やりに千彩を立たせ、智人はそっとワンピースに付いたゴミを払って母へとその小さな体を預けた。

「泣くな。ガキめ」
「うー…」

ゴシゴシと涙を拭きながら、千彩は智人を見上げる。そっくり、とまではいかないけれど、やはり兄弟だけあって智人の顔は晴人によく似ていて。会いたい、会いたい、とばかり思っている千彩は、ギュッと智人に抱きついて額を擦り付けた。

「はるぅ…」
「ちょっ!離せ!」
「はるぅ…」
「俺はハルちゃう!トモや!」
「うー…」

引き剥がそうとするも、千彩も必死にそれに抵抗して。結局諦めた智人は、兄の名前を呼びながらシクシクと泣く千彩の頭を撫で、はぁ…っと深いため息を吐いて柔らかな体を抱き締めた。

「俺が遊んだるから泣くな。な?一緒にケーキ食うか?」
「…うん」

晴人よりも少し逞しい智人の腕に抱かれ、漸く千彩も落ち着いたようで。そんな二人の様子を見ながら笑う母に、智人は眉を顰めた。

「お兄には黙っとけよ」
「そうやねぇ。晴人に言うたら怒って飛んで来るかも」
「言うな!言うとるねん」
「はいはい。良かったねぇ、ちーちゃん。お兄ちゃんと一緒にケーキ食べようね」
「うん!ちさのプリンも買ってもらった!」

智人の腕の中で、つい数十秒前まで泣いていた千彩がにっこりと笑う。それを見下ろしながら、智人は「これか…」と兄の思いを悟った。

コロコロと表情の変わる千彩は、一瞬にしてその場の空気さえも変えてしまう。もう二十代も半ばを超えた自分達には、到底出来ないことだ。

「よし、千彩。プリン食ったらプール行くか」
「プール!?行く!」
「ほな、お姉ちゃんの水着出そうか」
「やったー!プール!」

はしゃぐ千彩の頭をよしよしと撫で、智人は思った。スパーマンにも、欠点くらいないとな。人間だし、と。
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