Secret Lover's Night 【連載版】

 不思議の国の千彩

あれから数ヶ月。

うるうると瞳を潤ませる千彩を前に、晴人の弟、智人は「はぁ…っ」と大きくため息を吐いて肩を落とした。

「わかった。わかりました。おったええがな」
「いいの?」
「あかん言うたらまたわーわー泣くんやろ?おったええがな」
「やったー!ともと大好き!」

お気に入りのぬいぐるみの「プリン君」を放り出してガバッと智人に襲い掛かってくる千彩は、とても17歳とは思えないほどに無邪気で。そんな千彩の頭をくしゃくしゃと撫でて髪を乱すと、智人は両親に向かってじとりと視線を向けた。

「ごめんね?智人」
「別にええけど…いつ帰って来るん?」
「明後日には帰れる思うわ」
「わかった」

そっけなく返事をする智人に、母は申し訳なさそうに眉尻を下げた。

今日から一週間、千彩が三木家に泊まる予定になっている。けれど、千彩が来て数時間もしないうちに、急な不幸で両親が家を空けなければならなくなった。

仕方なく吉村の実家へと千彩を届けに行こうとしたのだけれど、それに千彩は多大なる拒絶を示して玄関から動かなくなってしまったのだ。

まるで初日の逆だな…と呑気にその様子を傍観していた智人は、まさか自分が犠牲になるとは思ってもみなかった。

「ご飯は出前取ってくれたらええから」
「いや、メシくらい作れるから」
「あれやったらお姉ちゃんに来てもらったらええからね?」
「はいはい。わかったから。いってらっしゃい」
「ちーちゃん、いい子にしとってね?」
「はーい!」

元気良く手を挙げて返事をする千彩は、ぬいぐるみをしっかりと腕に抱いてもうすっかりご機嫌で。調子の良い奴めっ!と、智人はコツンと千彩の頭を小突いた。

「いたーっ」
「バイバイは?」
「パパ、まま、いってらっしゃーい!」
「いってきます、ちーちゃん」
「いってきます」

不安げな両親を見送り、智人は二階へ上がろうと階段へ向かう。そんな智人を追って、千彩も階段を上った。
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