Secret Lover's Night 【連載版】
「ともと、どこ行くん?」
「部屋」
「ちさも」

自室の扉を開こうとする智人の腕に絡みつく千彩は、まさしく幼児。妹ができた…と、望んでもいない出来事に、智人は鈍い頭痛を感じた。

「お前はあっち。晴人の部屋がお前の部屋やろ」
「だって…はるのお部屋何もないもん」
「俺の部屋もお前が遊ぶようなもんは無い」

ピシャリと言い放ち、絡みつく千彩を引き剥がす。そして、そのまま扉の向こうに体を滑り込ませ、手だけを出して「バイバイ」と振った。


あんな5歳児みたいな女を相手にどうしろと言うのだ。と、智人はふぅっと大きな息を吐きながら仰向けにベッドに倒れ込んだ。

兄の晴人が連れて来た「結婚相手」は、17歳という年齢だけでも驚きなのに、その年齢らしからぬ容姿と中身で。初めて会った日は、晴人にべったりで引き離すとわんわんと泣き続けていた。初めてここに泊まりに来た日は、ヤクザなお兄さんと離れるのが嫌で玄関で散々泣き喚いた。

「何や、あの女は…」

静かな部屋に、ため息と一緒に吐き出した言葉が響く。チクタクと進む時計の秒針が、やけに智人の気分を焦らせた。

「あぁ…っ、もうっ!」

ふんっと上体を起こしてベッドから降り、本棚で一番に目についた本を取って扉を押し開ける。眼下には、うぅっと口をへの字に曲げ、ぬいぐるみを抱えて必死に涙を堪えている千彩が訴えていた。

「来い。リビング行くぞ」

情けない顔をして廊下に座り込む千彩の腕を引き、智人は一言だけ発してリビングへと促した。ソファに腰掛けさせ、持ってきた本を押し付けてからキッチンへ入る。

冷蔵庫の扉を開くと、千彩用に母が用意した100%のオレンジジュースが置いてある。それをグラスに注ぎ、自分用のアイスコーヒーもついでに注いでソファへと戻った。

「ほれ」
「ありがとう!」

にっこりと笑う千彩は、開きさえしていない本を膝の上に置いてグラスを受け取った。そんな千彩の様子に少しの疑問を感じながらも、智人は向かいに腰掛けてアイスコーヒーの入ったグラスを傾ける。
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