Secret Lover's Night 【連載版】
暫くぼんやりと天井を見上げたままだった千彩が、何を思ったのかむっくりと体を起して辺りを見渡した。そして、ソファを背凭れにして座る二人に気付き首を傾げる。

「大丈夫か?千彩」
「あっ…うん」

遠慮がちにかけられる智人の言葉に、千彩もまた遠慮がちに答える。

「これ…」
「あぁ、皿の破片で切ったんや」
「そっか。ごめんね?お皿割ってしまって」
「気にすんな。危ないからもう割れた皿触るなよ」
「うん」

右手には、白い包帯。何だかわからないけど、頭がクラクラする。と、千彩は再びぽすっとソファに横たわった。

「和室、布団引いたろか?」
「え?」
「晴人、明日の昼くらいにはこっち着くって。それまで俺らが一緒に居ったるから」

これは…もしや…と、千彩はギュッと唇を噛んだ。

晴人の仕事の邪魔をしてしまった。そう思うだけで千彩は泣き出しそうで。それに気付いた悠真が、そっと千彩の髪を撫ぜる。

「ジュース、持って来たげよか?喉乾いたやろ?」
「…うん」

右手はジンジンと痛むし、頭もクラクラする。言われた通り、喉もカラカラだ。これには覚えがある。と、千彩はゆっくりと体を起してソファから這い出すように床に降り立った。

「千彩?」
「おトイレ」
「おぉ、行ってこい」

扉を出るまで視線で追われ、千彩にしてみれば居心地が悪い。けれど、その視線を振り切って目指したのは、告げて出たトイレではなくバスルームだった。

「ママ…」

幼い頃三人で暮らしていたアパートのバスルームは、もっと狭くて暗かった。未だに、怖くて浴槽には浸かれない。晴人のマンションに居た時も、こっちへ帰って来てからも、いくらそこにお湯が張ってあろうと蓋を開けることさえしなかった。

「ママ…ちさも悲しいよ…」

母親である美奈が旅立つ時、千彩は何とも言えない不思議な気持ちだった。

驚いて手首を必死に押さえたものの、きっとこれでは旅立てない。母の悲しむ姿はもう見たくない。けれど、母が居なくなってしまったら、自分はどうなるのか。

混乱する千彩に、美奈は言った。


ちーちゃん、にっこりしてくれる?
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