Secret Lover's Night 【連載版】
言われた通りににっこりと笑うと美奈は満足げに笑い、そのまま千彩を抱き寄せて動かなくなった。何度呼びかけても、美奈からの返事はない。

吉村が仕事から戻ってそんな二人の姿を見つけたのは、それから数時間後のことだった。


「千彩」


不意に名を呼ばれ、千彩は慌てて振り返る。ズキン、と頭の奥が痛みそのまま座り込んだ千彩を、智人が屈んでそっと抱き寄せた。

「明日、晴人帰ってくるから」
「…うん」
「そしたら、いっぱい話聞いてもらえ」
「ん?」
「辛いこととか、悲しいこととか、苦しいこととか。晴人にいっぱい話して、晴人に持ってもらえ」
「はるに持ってもらう?何を?」

よくわからない。と首を傾げる千彩の瞳を真っ直ぐに見つめ、智人は何とも表現し難い複雑な表情をした。

「ごめんね。ちさ、あほやからよくわからへん」
「お前はおりこーや。俺は知ってる」

ポンポンと頭を撫でられ、千彩はにっこりと笑った。それが何とも悲しげで。込み上げてくる涙を必死に堪えながら、智人は千彩の手を引いてリビングへと戻った。

「お帰り」
「おぉ」
「あのさ、冷蔵庫に大量のプリンがあるんは何でなん?」

冷蔵庫を指しながら首を傾げる悠真に、智人はフッと笑い声を洩らす。そして千彩の髪をくしゃりと撫で、尋ねた。

「プリン、食うか?」
「うん!」

どんなに泣いてぐずっていたって、千彩はこうしてプリンで釣られてくれる。千彩といえばプリン。ここ数ヶ月で、三木家ではそんな絶対的ルールができていた。

「これ、全部ちーちゃんの?」
「せや。食後のデザート、おやつ、ぐずった時、全部プリンやからな。とにかく数が要るんや」
「そんなプリン好きなん?」
「うん!ちさ、プリン大好き!」

無邪気に笑う千彩に、先程までの暗い影はない。千彩はこうでなくては。と、それを見て智人も満足げだ。

「まだ反対?」

まるで妹におやつを与えるかのように「どーぞ」と嬉しそうにプリンを差し出す悠真が、ふと智人を振り返って尋ねる。それにゆっくりと首を振り、智人は苦笑いを見せた。

「お兄はきっと、コイツの抱えてるもん全部は知らんのやと思う」
「そうなん?」
「一緒に住んでたん、一週間やったっておかんが言うてた」
「へぇ…」

数えなくとも、千彩と一緒にいる時間は自分達の方が長い。
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