Secret Lover's Night 【連載版】
その頃吉村は、九州の地で独り酒を煽りながら昔を思い出していた。


それは、ちょうど晴人が恵介と共に上京した年の終わりだった。少し離れた町で仕事を終わらせた真冬の深夜、コンビニの前で酒を煽る女の手を止めたのは。

黒目がちの猫目は、何も映さずただ「無」だけを望んでいるようで。薄暗い中でもわかる白い肌も、ぷっくりとした唇も、ひび割れてしまい所々赤が滲んでいた。

「お前、どないしたんや?帰る家無いんか?」
「あんた…末広組か…」

吉村の胸元のバッジをなぞり、女はニヤリと笑った。バッジだけでどこの組なのか判断がつくということは、カタギの女ではない。そう思って手を引きかけた時、吉村の目に大きなゴミ箱の隣に座ってじっと自分を見上げる女の子の姿が飛び込んできた。

その少女は、真冬だというのにコートの一枚も着せてもらえていなくて。震えながら小さくなって膝を抱え、それでも自分から視線を逸らさずにじっと見上げていた。

「お前の…ガキか?」
「せや」
「何か着せたらんかい!凍えてまうぞ!」

慌てて自分のコートを脱いで少女に羽織らせようとすると、女がその手を払い除けた。

「うちらなんか野垂れ死んでも誰も困らへん。ほっとけ」

ドスの利いた低い声。それが酒焼けだということは明らかだった。

「ガキ、いくつや」
「10歳になる」
「10歳っ!?」

じっと膝を抱えたまま震えるその少女は、まだ幼稚園児だと言っても通じるほどに小さく細くて。母親と同じ瞳と唇、そして透き通るように白い肌。頬の部分だけが真っ赤で、それが何だか痛々しくて。手を差し出してもギュッと膝を抱えたまま、吉村を見上げていた。

「おいで?」
「・・・」
「何か温かいもん買うたろ。おいで?」
「無駄や。そのガキは喋らん」

投げつけるように言葉を吐き出し、女は再び酒を煽ってゴミ箱に缶を押し込んだ。
< 168 / 386 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop