Secret Lover's Night 【連載版】
二人を自分の住むアパートに連れ帰り、暖房を最大限に利かせて吉村は冷蔵庫を漁った。聞けば、もう二日は子供に食事を与えていないと言う。最低な母親だ!と罵りたいのはやまやまなのだけれど、「ごめんね…」と娘を腕に抱いて謝る美奈にそんなことも言えず。ここから動くなとだけ言い、吉村はコンビニへと走った。

何を食べたいか聞かずに慌てて出てきたものだから、少女の好みが全くわからなくて。取り敢えず目についた弁当とサンドイッチをカゴに入れ、ついでにプリンと野菜ジュースも入れて清算を済ませ、走ってアパートへと戻った。

「美奈、ちー坊、メシ買うてきたぞ」
「ん。んー」

乱暴に靴を脱いで部屋にはいると、よたよたと千彩が歩いて来る。それを抱いて奥へと進むと、家を出るまで座っていたはずの美奈が横たわって苦しそうに悶えているではないか。取り敢えず大きなビーズクッションの上に千彩を下ろし、吉村は美奈を抱きかかえた。

「美奈、どないした。どっか苦しいんか?」
「いた…い。痛い…」
「どこや。どこが痛いねん」

答えることもなく呻くだけの美奈を抱きかかえたまま、救急車を呼ぶために吉村は携帯を取る。そんな二人の元に、千彩がまるでハイハイでもするように這って近付いてきた。

「ちー坊、ちょっとそっちおり。お前も連れて行ったるから」
「まま…まま」

千彩の小さな手が、美奈へと伸びる。それは胃の辺りでピタリと止まり、何かを訴えるように吉村を見上げた。

「ここか。ママはここが痛いんやな!?」
「ん」
「わかった。もう大丈夫や。心配すんな」

くしゃりと千彩の頭を撫で、吉村は救急車の到着を待った。近付いてくるサイレンの音に怯える千彩を抱き、買い物袋を提げて救急車へと乗り込んだのは、それから数分後のこと。

アルコールを摂取し過ぎたための肝機能の低下と、食道と胃のただれ、自律神経の崩れなど、普通に生活をしている方が不思議だと医師は眉を顰めていた。

「ちー坊、メシ食おうか。腹減ったやろ」

取り敢えず入院をして検査を。と病室に運ばれた美奈に付添い、吉村と千彩も病室へと入った。そこに置かれてあるテーブルに買ってきた弁当を広げると、意外なことに千彩は上手に箸を使って弁当を食べ始めた。

「箸、ちゃんと使えるんやな」
「んー」

嬉しそうに箸を見せる千彩の頭を撫で、吉村は思う。ちゃんと母親をやってきたのだ、と。
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