Secret Lover's Night 【連載版】
「ちー坊、ママ好きか?」
「ん!」
「せやな。はよよぉなったらええな」

太い針を腕に差して眠る美奈の顔には、色が無い。青白いと言うよりも、白い。まるで死人みたいだ…と思い、フルフルと首を振った。

「ちゃんと食べたら、プリンも食べてええからな」
「ん」
「おりこーやな、ちー坊は」

小さく細い体つきをしているけれど、千彩がおむつを着用している様子はない。ということは、ちゃんと自分でトイレに行けるようには教えているということだ。服も体もきちんと洗っているようで、上着を着せていなかったのはただ単に持っていないだけなのかもしれない。と、吉村は美奈がズボンのポケットに押し込んでいた財布を引き抜いて中身を確認した。

「小銭ばっか…か。酒買うんやったらメシ買うたれよ。アホな母親やな、お前は」

ボソリ、と吐き出した吉村の言葉が、シンと静まり返った病室に響いた。


それから数日して、美奈は退院した。

保険証を持っていない美奈の入院費は相当なものだったけれど、そこは兄貴分に頼み込んで何とか工面してもらった。もうこの時点で、吉村は美奈と千彩の面倒を一生見ると決めていたのだ。

「うち…家に戻る」
「何言うとんや。俺と一緒に暮らしたらええやないか」
「これだけ…千彩だけお願い」
「そんなわけにいくか。お前も一緒や。一生俺の傍に居れ」

これが、吉村が最初にした美奈へのプロポーズ。
それにゆっくりと首を振り、美奈は頼りなく笑った。

「あんがと」
「あんがと。ちゃうわ」
「あんがと。でも、うちがおったら大介に迷惑かける」
「かまへん。俺がちゃんと頭下げに行ったる」
「いや。ええんや」

美奈の入院中、吉村は千彩を連れて仕事に行った。驚く兄貴分や組頭に事情を説明し、頭を下げた。昔気質の人間は、その手の話には弱い。皆千彩を可愛がってくれ、協力してやると言ってくれた。それだけで、吉村には十分な安心材料だった。

けれど、そう上手くいかないのがその世界で。

一週間もしないうちに、美奈が姿を消した。必死に探し回り見つけた時には、白い肌が赤黒く変色するまで殴られた痕があった。

連れ帰り、連れ去られ、また連れ帰り、また連れ去られ。何度引っ越しをしても、それの繰り返し。

そんな日々の中でも、吉村は千彩だけは守ろうと常に自分の傍に置いていた。置いていたと言っても自分が出ている間は主に組頭が面倒を引き受けてくれていたのだけれど、それでも美奈の傍に置いておくよりは数倍安全だろうと思っていた。
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