Secret Lover's Night 【連載版】
まず名前と年齢を教え、言葉を教え、幼児向けのワークを買い込み字も簡単な計算も教えた。素直で呑み込みが早く、何でもすぐに覚える千彩に物事を教えることは、組の仲間達にとっても吉村自身にとっても楽しみの一つだった。

そんなある日のこと。


「これは?」


物珍しげに短刀を見つめる千彩からそれを少し遠ざけ、吉村は小さく首を振った。

「これは、おにーさまがお仕事で使うもんや」
「おしごと?」
「せや。ちー坊とママを守るために大事なことや」
「だいじ!ちさも!」
「アホか。お前にはまだ早い。せやな…ちー坊は皿洗い手伝え。それがお仕事や」
「さらあらい!おしごと!」

無邪気に笑う千彩の頭を撫で、吉村は言った。

「ちー坊、何もせんとごやっかいになったあかんのやで?恩を受けたら義で返すんや。大事なんやぞ」
「んー?だいじ!」
「んー…助けてもろたら、お返しせなあかん。大事にしてもろたら、その人を絶対裏切ったらあかんねや。って…お前に言うてもわからんな」
「んー」

渡されたスポンジをくしゅくしゅと泡立てながら、千彩は首を傾げる。それにあははっと笑い声を上げ、吉村は千彩を抱き上げた。

「よし、お前の初仕事や。気張れよ!」
「おー!」

どこまでも無邪気な千彩は、今自分がどんな人間に囲まれ、どんな状況に置かれているのかわかっていない。それを少し心苦しく思うも、大きくなって落ち着いたら話そうと決めていた吉村は、三人の明るい未来を思い描いていた。
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