Secret Lover's Night 【連載版】
千彩が担がれて押し込められたのは、車の中だった。

誰?何?と何度尋ねても相手は答えるどころか表情一つ変えやしない。むぅーっと膨れた千彩は、ぐぅっと鳴ったお腹に手を当てて空腹を訴えた。

「お腹空いた!」
「・・・」
「ちさのお弁当!」
「・・・」

連れ去られたことよりも空腹。少し…いや、かなりズレた千彩の訴えに、それまで一言も発しなかった相手がグッと眉根を寄せて表情を変える。

「お名前は?」
「名前?ちさの?」
「ちさ」
「うん。安…ううん。三木千彩」

まだ籍は入れていないのだけれど、表札は「三木」と掲げている。

こっちへ戻ってきた際に「これからは三木千彩って名乗るんやで」と言われ、千彩は言われた通り晴人の姓を名乗った。

それに首を傾げたのが、名乗りもしていない相手だ。

「みき?ちさ?どちらですか」
「ちさ。千を彩るって書いてちさ!」
「あぁ」

どうやらどちらも名前だと思ったらしいその男は、一人納得して表情を戻し、運転席の男に声をかけた。

「出せ」
「はい」

ぐんと踏まれたアクセルに、後部座席にちょんと座らされていた千彩はグラリと上体を揺らせる。それに慌てて手を出した男が、表情筋をピクリとも動かさず言った。

「千彩様、私は時雨と申します」
「しぐれ?」
「はい。司馬家に仕える者です」
「しばけ?つかえる?」

何が何だか?と首を傾げる千彩に、時雨はふっと表情を緩ませて言った。


「思った通りのお嬢さんですね」


誘拐された!と世間知らずな千彩が思うはずもなく、無理やり詰め込まれたはずの車のシートを「ふかふかー!」と喜びながら、呑気な千彩はこうして司馬家へと連れ去られた。
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