Secret Lover's Night 【連載版】

 塞ぎきらない傷口

仲良くキッチンに並ぶ二人の姿を見て、恵介は思う。これが本当に、永遠に、ずっと…このまま続くのだろうか、と。

反対と言うよりも不安。

そんな言葉が、気を許せば口を突いて出そうになる。

「けーちゃん、ギョーザいっぱい?」
「ん?おぉ!いっぱい!」

笑顔で返事をしたとて、きっと晴人にはお見通しなのだろう。そう思うと、顔を背けてしまう。気の小さい証拠だろうか。せめて千彩だけには悟られぬように。そんな万が一にも起こりえないような奇跡でさえ「もしかして…」と思ってしまう。

「シケたツラしてんとこれでも飲んどけ」
「おぉ…ありがと」

売れ始め、いくつものインテリアショップを回ってやっと巡り会えた二人のお気に入りのソファ。変わらぬ柔らかな座り心地と、褪せぬままのダークブラウン。あの頃はこれが部屋の大半を占めていたのに…と、ゆっくりと体を沈み込ませながらビール缶を傾ける。


一目見た瞬間、まるで恋に落ちたかのように釘付けになった。
気付けば声を掛け、「仲良ぉしてな!」と右手を差し出していた。

一応、とばかりに握られた右手。
怪訝そうに自分を見つめる目。
眉間に深い皺を刻む整えられた眉。

決して「良い」とは言えなかった晴人の態度だけれど、それでも、その瞬間だけでも、自分を視界に入れてくれたことが嬉しかった。

憧れと呼ぶよりも、恋。
恵介の晴人に対する想いは、十数年経った今でも色褪せてはいない。


ダークブラウンの生地に、ポタリ、ポタリと染みが出来る。それが自分の涙だと気付いたのは、随分と遅れてからだった。


「けーちゃん!どうしたん!?どっか痛い!?」


慌てる千彩の声が耳に入っているはずなのに。止めることも出来ず、拭うこともせず、恵介はじっと千彩を見上げながら涙を零し続けた。ごめん…と小さく押し出された声も、千彩の慌てる声に掻き消される。

「はるっ!けーちゃんがっ!」
「ちーちゃん」
「けーちゃん!大丈夫?どこ痛い?お腹?頭?」
「ちーちゃん…ごめん…な」

つられて泣き始めた千彩の両手をギュッと握り、恵介は俯いて謝罪の言葉を押し出した。そんな二人をカウンター越しに見ながら晴人は思う。泣きたいのはこっちだ、と。

「オラオラー。泣いてんと手伝わんか」
「はるぅ」
「ちぃも。ほら、運んでや」
「だってけーちゃんが・・・」
「大丈夫や。俺がすぐ治したるから」

大皿を差し出して千彩に持つように促すと、「ちちんぷいぷいー」とまるでご機嫌に歌うように言いながら晴人は大きな歩幅で恵介に歩み寄った。そして、後ろから手を伸ばしてそっと恵介の口を塞ぐ。


「ええ加減にしとけよ。千彩にいらんこと言うたら・・・わかっとるやろな?」


耳元で囁き、コクンと首が縦に振られたことを確認して手を引く。そして、振り返ってにっこりと笑って見せた。
< 368 / 386 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop