Secret Lover's Night 【連載版】
「これでもう大丈夫や。な?恵介」
「うっ…うん。大丈夫やで、ちーちゃん」

慌てて涙を拭う恵介と、何とも情けない表情をしたままの千彩。手を伸ばしたのは、勿論愛しい恋人の方だ。

「大丈夫、大丈夫」
「はるぅ」
「よしよし。もう何ともないから。メシにしよ。な?」

後で覚えておけ。そんな目で恵介を見下ろすと、情けなく下がった眉が「申し訳ない」と平謝りをした。悪気があったわけではない。そう伝えようにも、晴人は既に背を向けてしまっていた。

「けーちゃん、大丈夫?」

なので、晴人の脇からひょこっと顔を覗かせて不安げに自分を見つめる千彩に、笑顔で「大丈夫やで。びっくりさしてごめんな」と精一杯の明るい声で詫びた。

「またどっか痛くなったら言ってね?ちさが看病するから」
「うん。ありがとう」

どこまでも素直な千彩は、無理やりの明るさでも信じてくれる。これ以上誤魔化す術を持ち合わせていない恵介には、それがとても有り難かった。

「よし。メシにしよ」
「うん!」
「先二人で食べといてくれるか?」
「はるは?」
「俺、ちょっとメーシーに電話してくるわ」

カウンターに手を伸ばし、携帯とシガレットケース、そして灰皿を手に取り、晴人はリビングの大きな窓を開いた。

「おー寒っ」

すぐに済ませるつもりで上着は持たず、カチリとタバコに火を点けてコールする。暫くのコールの後聞こえた声は、いつもより数段疲れた声だった。

「お疲れー」
『次は何?』
「さすが」
『君達と付き合ってれば嫌でもわかるようになるよ』

フェミニストモードのままのメーシーは、 おそらく愛斗を腕に抱いていることだろう。愛妻家もここまでくると尊敬出来るな。と、そんな言葉が出る前に有害物質を吸い込んでおいた。

「千彩、そっちやってええ?」
『理由による』
「いやー…恵介が反抗期でな。俺の言うことちっとも聞かんのや」
『それでガツンといくわけだね』
「せやったらええんやけどなー」

きっと、滅多打ちにされるのは自分の方だ。そうわかっているからこそ、苦笑いでそんな言葉が出た。

『食事は?』
「今二人で食べよるわ」
『来週、麻理子の両親が来るんだ』
「ん?」
『仕事だって言って、適当な時間に出るから』
「ほー。交換条件ってわけですか」

あははっと笑うと、冷たい空気が喉に沁みる。見上げた夜空に星は見えないけれど、冬の澄んだ空気は嫌いではない。

「助かります。メーシー様」
『女だろ?』
「よくおわかりで」
『明日、ミーティングな』
「喜んで」

ミーティングにかけこつけた家飲み。開催はほぼ毎晩なのだけれど、メーシーに関しては週に1度参加すれば良い方なので、マリもさすがに文句は言わなかった。
< 369 / 386 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop