Secret Lover's Night 【連載版】
テーブルの上には、暖房で汗をかいた缶ビール。そして、千彩が「飲み過ぎ厳禁!」と膨れながらも作ってくれた少量のつまみ。

向かい合う男二人は、どちにも手を伸ばすことなく天井を見上げていた。

「なぁ・・・」

重苦しさに耐えかねたのは、やはり小心者の恵介だった。

「言葉選べよ?」
「え?あぁ…うん」
「あー!お前は千彩か。ちゃんと聞く言うてんねん。せやから、あんまガツンとくんのはやめてくれ」

ガシガシと頭を掻きながら内心怯える晴人は、プシュッと栓を抜いてぬるまったビールを喉に流し込んだ。


幼なじみだった玲子と恋愛関係になったのは、中学三年生の時だった。
どちらからともなく近寄って、離れたのは晴人の方。

それから数年、弟の智人の想いに気付かぬフリをして、渋る玲子を連れて上京した。
上手くいっていたはずだった。応援してくれているはずだった。

けれど、離れたのは玲子の方だった。


千彩がいる今でも、時々思い出すことがある。
いつだって自分の味方をしてくれた、大好きだった幼なじみとの関係が壊れた衝撃は、晴人の恋愛に対する考え方を180度変えてしまった。


「で?玲子が何やって?」


なかなか話し出そうとしない恵介の前にガンッと缶を置いて、晴人はじっと視線を合わせた。その表情が、あの日、肩を落として戻って来た時の表情と重なり、恵介はゴクリと息を呑んだ。

「まぁ、飲め」

視線は外さず、缶を押し付ける晴人。
それを唇を噛みながら受け取る恵介。

あの日も、こんな風に向かい合って二人で酒を煽った。

「昔っからな、いっつも「はるちゃん、はるちゃん」言うて追いかけて来てな。憎まれ口叩いたりするんやけど、見とったらわかるねん」
「え・・・と」
「アイツは俺が好きやった。俺がアイツを好きになるずっと前から、アイツは…玲子は俺のことが好きやった」

真っ直ぐに自分を見据える晴人の瞳から、ポロリと涙が零れた。それだけで、鼓動は速く、呼吸は浅くなる。

昔からそうだった。晴人の悲しむ顔、苦しむ顔が恵介は何より嫌いだ。

「晴人、ごめん。もうええから」
「せっかくやから聞けや」
「いや。もうええって」
「聞けって!」

声を荒げる晴人に、恵介はギュッと両目を瞑って唇を噛んだ。


「好きやったんや。ずっと幼なじみでおりたかった。でも…出来んかった」


活発で表情が豊かな玲子は、学年が上がるにつれ人気者になった。それでも、何だかんだと言いながらも自分の後を追いかけてくる玲子。失う恐怖は、手に入れた時から感じていた。

「ヤキモチ妬きでな。俺がクラスの女の子とちょっと話しとるだけで喚きよんねん。喚いてばっか。泣かしてばっかやったわ。中学ん時は」

このままではいけない。壊れてしまう。そう思い、別れを切り出した。

「高校は別やったけど、お前も知っての通りあの調子や。何人か付き合うたけど、どうもしっくりこんかったしな。でも、玲子とやり直す気はなかった。お前が東京行こうって言い出すまでは」

切欠は、恵介だった。

専門学校を卒業して、二人で関西のJAGへデザイナー見習いとして入社する予定だった。それなのに、突然切り出された上京。就職先より、住む場所より、何より玲子のことが一番に不安になった。

「正直、ヤバいと思ったな。このまま置いて行ったら、確実に智にもってかれるって」
「だから・・・」
「アイツは嫌や言うとったんや。それでも説き伏せた。俺と恵介の夢、応援してくれって」
「俺と…お前の…夢」
「忘れたんか?約束」

呆れたように苦笑いをする晴人は、とても悲しげで。忘れたわけではない。でも、あの頃とは状況が違うではないか。言いたい。喉元まで出かかっている。

けれど、声に出来ぬままそれを呑み込んだ。
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