私の恋人は布団です。
 最早,言葉さえ出ずに唇を鯉のように戦慄かせる。


「延さ」


 隆也が自分に話しかけるのを察してか,延は椅子から立ち上がる。


「先生!!」


「うん?どうした,羽河」


「急に具合が悪くなったので,保健室に行っても良いですか」


「あ,あぁ……」


 担任教師は呆気にとられていたが,延の必死な顔を見て慌てて返事をした。


「俺,付き添います!」


 素早く延の前に走りより,隆也は忠犬の如き瞳を向けた。


「…………」


「延さん?」


「初対面の人にご迷惑をかける訳には行きませんので結構です」


 延に最上級の拒絶を受け,隆也はショックのあまり考えてきた自己紹介をすっかり忘れてしまった。


「羽河隆也。そろそろ席に着いてくれないか……」と,担任教師に言われるまで,隆也は茫然自失のまま立ち尽くしていた。

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