私の恋人は布団です。
実は,昨晩,アキラと隆也の会話にはまだ少しだけ続きがあったのだった。
「全部,無かった事になるんですね……」
隆也は,悲痛な表情で逡巡していた。
それを見て,一瞬だけ,アキラは哀しいような,諦めたような表情を見せた。
「迷っている内は,まだ平気か。俺,もう行くよ?」
「……はい」
「でも,覚えてるだろ?お前は……」
そのまま言葉を続けようとしたが,アキラは口を開きかけて止めた。
「はい」
きゅ,と下唇を噛んで答える隆也を見て,枕神は枕の上から姿を消した。
隆也は,どうしても嫌だったのだ。
アキラは人間だったときの記憶も獏に食べさせれば良いと言ったが,隆也は断った。
あと少しだけ。
もう少しだけ,延の心に自分を残す方を選んだ。
(あと少しなら,延さんだって許してくれるよな……)
隆也は,烈火の如く怒りながら説教する延の向こう側を見ていた。
窓の表面では,凝縮した水蒸気が水滴となって流れ落ちている。
それは,本格的な冬の深まりを知らせる自然からの便りであった。
隆也は背中に冷たい空気が這っていく様な気がして,小さく震えた。