薄紅の花 ~交錯する思いは花弁となり散って逝く~
終章





疲労困憊で今日一日中寝てしまいたい気分であった。だがそれは叶わず今は結斗君と共に若々しい若葉から色づきの準備を始めた桜の木の前にいる。理由は簡単。結斗君に呼び出されたからだ。今まで一度として結斗君に呼び出されたことなど一度もなくて、急いで訪れた。が、未だに悲しそうな表情で桜を見つめる彼になにも言えずにいる。挨拶すら交わせていない。と、いうかそういう雰囲気ではない。仕様のないから、結斗君が言葉を切りだしてくれるのを待っているのだ。


「あの事件が起きてからも俺達はこの桜の木の下で遊んでいたんだよ。ここは子供であった自分と紫音にとって歩いて行ける距離であり、櫻澤家の者にも藤岡家の者にもばれにくい最高な場所だったんだ。毎日毎日少ない時間ではあるけれど、毎日ここに来るという小さな約束を果たすために訪れて遊んで、とても楽しくて幸せな時間だった。でもね、俺は約束を破ってしまった。ある日風邪を拗らせてしまったのだけど、その日を境によく体調不良を起こすようになってね。もとから丈夫ではなかった俺はなかなか外へ出られない状況へとなってしまった。

ずっと心残りで、謝りたいと思っていたんだ。もう今日を逃してしまえば、謝る機会はなくなってしまうだろうから、謝らせてもらうよ。御免ね、紫音。そしてもう一つ……」



その言葉につき従うかのように激しく揺れる桜の木。左に右に右に左にと規則性というものは皆無な状態で揺れる。しなやかである枝たちはそれによって折れてしまいそうである。

そう私が桜の木に目を奪われている隙に彼の体は近づいていた。これ以上ない程に近く、心臓が拍動する音が早くなる。見れば見るほどに美しい。睫毛が長く、目は吸い込まれてしまいそう。無頓着で手入れしていなさそうなはずの肌は何処までも白くて、滑らか。肌が白すぎる故に引き立つ漆黒の髪。何処までも美しくそして彼も男の子だと自覚させる視線。



「伝えたかったんだ。好きだったんだよって。でも俺達の関係のことが知られればまた同じようなことが起こるかもしれない。だから今日で本当に最後だと思って…」



そういうとさらに顔が近づき頬に何か触れた。有無を言わせぬままされたそれはとても暖かくて優しい。しかしその感触を与えたそれは1秒ほどで離れてしまう。惜しむ動作もなく消えていく。それがこれから会えなくなってしまう彼との挨拶だと思った瞬間涙が溢れた。その時には結斗の姿はなく、涙を止めてくれる者は誰一人としていない状況となっていた。
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