シャクジの森で〜番外編〜
「そうですか。そんなことが・・・。しかし、さすがアラン様ですね。高熱を出されていても、その気概ですか」


「えぇ、確か、あの時は40度近くの熱を出されていました。それでも剣の鍛練していて、フランクさんに叱られてましたよ。で結局、その日は一日中、アラン様の治療と警備兵の治療で医官たちは右往左往していました」


「だが、料理長殿。その頃の血気盛んな若きアラン様と今は違います。例え、エミリー様が静かに近付かれたとしても、すぐに賊ではないと気付くでしょう。それに、万が一エミリー様に何かあれば、すぐにこの扉から出て来られますよ。“フランクを呼べ”と仰って―――」



シリウスは、急ぎ焦るアランの姿を想像して、不謹慎にもクスッと笑ってしまった。

エミリー様に接するときのアラン様は、我々兵や他の方々に向けられる表情とは全く違う。

あのような優しい瞳は、エミリー様だけにしか見せられない。

そのアラン様が、間違ってもかすり傷一つ負わせるはずがない。



「万が一って・・・エミリー様は、鍛えられた兵と違うんです。あのか細い身体では・・・少しの力でも大変なことに―――」


料理長は両手で頭を押さえて、白い扉を見つめた。

頭の中にいろんな光景が浮かんでは消えていく。



「どうかなさったのですか。料理長。こんなところで何をしているのです」


訝しげな表情のウォルターが、相変わらずの鋭い口調で尋ねてきた。


「ウォルター様・・。エミリー様が・・・――」


ある一件以来、ウォルターが苦手な料理長。

汗をかきながらオロオロと今の状況の説明を始めた。

静かに聞いていたウォルターは小さなため息を吐き、正室の白い扉を見やった。


「――――分かりました。有り得ないことでしょうが、万が一、ということもあります。私が確かめましょう。お待ち下さい」


コンコン・・・


「アラン様は此方に居られますか。ウォルターで御座います」



しんと静まった部屋の中・・・物音ひとつ聞こえない。

やはり何かあったのだろうか。

そこにいる者皆がそう思い始めた時、抑えたような小さめの声が聞こえてきた。



『・・・ウォルターか。用ならば後にせよ。今は少々、手が離せぬゆえ』



ウォルターの鋭い瞳が、料理長の大きな顔を見下ろした。



「お聞きの通りです。何事もありません。と言うか、無粋です。料理長、どうぞ仕事にお戻りください」



ホゥと大きな息を吐き、料理長はぐったりと肩を落とした。

心配しすぎて、朝っぱらからすっかり疲れてしまった。


――そうかぁ・・そうだよなぁ。しかし、アラン様も変わられたものだなぁ・・・やれやれ、私も心配性だな。さて、今日も頑張るか。



料理長はゆっくりとした足取りで、下に戻っていった。
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