シャクジの森で〜番外編〜
奥から声をかけた料理長は、平静さを装いつつも心の中はかなり焦っていた。


―――アラン様がこんな所に来られるなんて、どういうことだろうか。

あそこに立っているアラン様は、エミリー様を大切そうに腕の中に入れ、そしてこれまた大切そうにトレイを持っている。

あれは、たしか朝のもので・・・。

まさかご自分で食器を下げに来られたのか―――?

そうだとしたら、こりゃ大変だぞ――――



大きなお腹をプルプルと揺らし、慌てて二人の元に駆け寄った。



「あの―――エミリー様・・・アラン様とご一緒で、何の御用ですか?あの、持っておられるトレイ・・・もしかして、食器を下げに来られたのですか?」



口元を手で隠しながら、内緒話のようにして問い掛けると、エミリー様が優しく微笑んだ。



「料理長さん、違うわ。えっと・・・これを・・」



言いながらアラン様を見上げるエミリー様。

か細い指はトレイを指している。

アラン様は何を考えておられるのか、見つめ返している表情はいつも通りだ。

が、気のせいかな、今、一瞬私を睨まれたような・・・。



そう思った刹那、アランの放ったピリッとした気が、料理長のふくよかな頬をぴくんと揺らした。

不意に襲った痛みに少し顔を顰めるも、すぐに笑顔を作り、アランに丁寧に向き直った。



「・・っ・・アラン様、申し訳ありません。御用向きをお伺いしてもいいでしょうか」


「―――料理長、騒がせる。これを温めに参った。・・・それから皆に、構わず作業を続けるが良いと伝えよ。これでは彼女に穴が開きそうだ」




アランは瞳に威厳を滾らせ、キッチンの中を見渡した。

声には出しておらぬが、皆が色めき立ち、瞳に憧れの色を乗せ、楚々と歩くエミリーの姿を追いかけるように見つめている。

私がおるゆえ近寄っては来ぬが、その視線は焦げそうなほどに、熱い。



――少々気に入らぬが、仕方あるまいな・・・。


君のためだ・・・。



腰を包む手を強め、皆の視線から遮るように体で庇った。

が、その行為を無視し、華奢な身体は強引に前に出て行き、皆の方を向いた。

そして、止める間もなく唇は動き、言葉を紡ぎ出した。




「料理長さん、皆さん、忙しいのにごめんなさい。少し火を貸して欲しいだけなの。終わったらすぐに出ていくわ」
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