シャクジの森で〜番外編〜
「・・・では、アラン様、お気をつけてお持ち下さい」


「料理長、騒がせた。エミリー、もうこれで良いな?では、参るぞ」



“使用人に持たせましょう”

と申し上げたのにもかかわらず、


“いや、コレは私が持っていくゆえ、手を出さずとも良い”

と仰って、左手にトレイ、右手はずっとそのまま例の定位置に置き、ポットを抱えたエミリー様を庇うようにしながら先ほどキッチンから出ていかれた。


と同時に、ピリッと緊張していたキッチン内の空気ががらりと変わり、場が一気に和んでいく。

キッチンのあちこちからため息が聞こえ、緊張していた見習いコックたちががっくりと肩を落とした。



エミリーを見つめていた見習いたちはアランに睨まれ、かなり恐ろしい思いをしていた。

加えて普段にないピリピリとした威厳ある空気の中での作業。

料理人たちは何度かお目にかかったことがあるが、見習いたちには初めての経験だ。

手を止めて一息ついているその様子は、まるで一日の仕事を終えた後のように疲れきっている。






料理長は二人の背中を見送った後、ホゥッと息を漏らした。


――しかし、焦ったなぁ。何の予告もなく来られるなんて。

とにかく、何も粗相無く終わってよかった。

やはり、あの方は恐ろしい・・・。

ひと睨みで相手を萎縮させてしまうのだから。



だけど、やっぱりアラン様は、エミリー様には弱いんだな。

まったくもって、シリウス殿の言うとおりだ。



“アラン様がエミリー様を傷つけるはずがない”



と、いうことはだ。朝食が遅くなった原因はやっぱり、アレか。

さっきも華奢な身体を大切そうに包み込んでおられたし。

そうだな、うん・・・そうに違いない。

少し前のアラン様からは考えられないけど、きっとそうだ。

愛情たっぷりだなぁ。こりゃぁ、お子様が授かるのも早いぞ―――


――っ・・また、私は何を想像してるんだ。仕事だ、仕事!


料理長は緩んだ頬を両手でパン!と叩き、気分を変えるように瞳を閉じて深呼吸をした後、見習いたちに気合を入れるべく、ふくよかな掌をパンパンと2度叩き合わせた。


キッチンに響き渡るその音で、のろのろと顔を上げる見習いたち。

料理長の頬に掌の跡があるのを見て、吹き出しそうになるのを必死で堪えた。


「さぁ、お前たち、気合を入れろよ。急いで準備するぞ。でないと、早出の昼食の時間に間に合わないぞ。さぁ、仕事にかかれ!」
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