愛のかたまり
 救急車が着き、物のように優香子さんが運び出されるのをあたしたちは動けずに見ているしかなかった。

 大きな石を飲み込んだように重く沈んで、身体も心も動けない。

 どうして、と地の底から響くような低い声で海さんが呟いた。

「どうしてもっとつよく抱きしめておかなかったんだろう、なんで手を離してしまったんだろう。殴られても蹴飛ばされても優香子が安心するまでずっと抱いていてやればよかった。納得するまで何回でも、百万回でも、大丈夫と愛してるとどうして言ってやれなかったんだろう。ミュウにはしてやれたのに・・・・・・遅いんだ、どんなに悔やんでも遅い。もう、会えない。声を聞くことも、できない。もう、何も・・・・・・」

 放り出されたままになっていた剃刀をつかむ手を見ていた。

 血管の浮き出た、白くて細い腕。

 あたしはぼんやりと、ただ真っ白な頭で見つめていた。

 のろのろと思考が停止する。

 そうするのが当たり前なんだ。

 愛する人が死んでしまったんだから。愛する人を守りきれなかったんだから。

 だってしょうがないよ。

 だって海さんが今までもこれからも、本当に愛してるのは優香子さんだけなんだもの、あたしじゃないんだもの。

 恋とは残酷。

 あたしの目は、硝子玉みたいにその光景を意味なく映しとってるだけだった。
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