Distance
「那美、お母さんは?」
あたしはリビングに降りると、那美に聞いた。
「急に仕事入ったってさ」
那美はそう言ってパンをかじった。
時計を見ると、まだ8:00にもなっていない。
「浩太がレガース忘れたんだってさ。持って行ってやってよ」
「ヤだ。あたし今日ピアノだもん」
「あんた午後からじゃなかったの!?」
「朝になったの!じゃなきゃ、こんな早く起きてるわけないじゃん」
那美はそう言うと、お皿を持って立ち上がった。
那美は小学6年生。
幼稚園からピアノを始めたあたしの影響で、小学校に入ってすぐ、同じ先生に見てもらうようになった。
あたしも6年生のときまでは習っていて、コンクールで入賞したりする、それなりの実力者だった。
でも、中学でバスケ部に入ったあたしは“手を怪我するとダメだから”と言って猛反対する親と先生に反抗して、中一の春、ピアノを辞めた。
「あたし練習してから行くから。お姉ちゃんがソレ持って行ってよー」
那美はキッチンから顔を覗かせると、リビングの棚の上に置いてあるレガーシを指差した。
「勘弁してよ・・・」