君にすべてを捧げよう
目を凝らせば、障子越しに影が見えることが、たまにある。

ここから離れを見つめるのは、昔からのあたしの癖だった。


美恵さんが生きている頃から、蓮が離れに籠もる時だけは、誰のものでもなかった。

あたしも勿論入室を許されていなくて、というより下手に行って邪魔をしたくなくて。
でも、蓮の存在を感じたくてどうしようもないときには、ここからそっと灯りを眺めていたのだ。
もう、何年も、ずっと。

いつか、あの中に入れてもらいたい。
蓮が自ら招き入れてくれたら、それはどれだけ幸せだろう。
仕事の邪魔なんて絶対にしない。
集中している蓮の横顔をそっと眺めることが出来たら、それだけでいい。

いつか、あの中に。
そう、願って。


しかし、時が経てば経つほど、あたしは蓮から離れてしまった。
そして蓮は、今、あたしではない別の女性をあそこへ招き入れるのだ。
もしかしたら、既に瑞穂さんはあの中にいるのかもしれない。


蓮……。


「暗い中で、どうしたの?」


カタンと音を立てて部屋に入ってきたのは、鏑木さんだった。
過去の自分を思い返していたあたしは、すぐに現実に引き戻された。
慌てて障子を閉める。


「いえ、何でもないです」

「ふう、ん? あ、お風呂ありがと。気持ちよかった」


鏑木さんはにこりと笑う。よかった、離れを見ていたことは気付かれていないらしい。


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