君にすべてを捧げよう
くすくす、と瑞穂さんは笑って、そこ座っていい? と一人掛け用の黄色のソファを指差した。


「いいです、けど……」

「で、ついでにお茶か何かくれない? 喉乾いちゃった」


どすんと座った瑞穂さんは図々しくもそう言い、あたしはそれに首を傾げながらも冷たい麦茶を運んだ。


「あー、美味しー。一息ついたわー」


大きなグラスに並々注いだお茶を一気に飲み干した瑞穂さんは、あっけらかんと笑った。


「今日暑かったわよねー。昼間から資料集めに外に行ってたんだけどさ、もう死ぬかと思った」

「は、あ」

「蓮ほど編集の扱いの悪い作家っていないわ。こんな若い美しい女を炎天下の中パシリに使うわ、汚くて臭い部屋の掃除までさせるわで、本当にサイテーよ」

「編集?」


思いもかけない単語に、問い返す。


「そうよ? 私、野苺社の編集だもん」

「のいちご……」


それは、蓮が賞を取った恋愛小説の発売元であり、蓮がデビューを飾った出版社だった。


「そう。美恵や蓮から聞いたことなかった? 私、大学卒業してから野苺社に入社したのよ。編集って憧れの職業だったのよねー。まあ、理想通りってわけじゃなかったけどさ」


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