君にすべてを捧げよう
「あ。あった、ぁ」


引っ張り出して、息を呑んだ。

最後にこれを使ったのは、五年前の、憔悴した蓮の髪を切った時だったのだ。
へたくそなりに一生懸命カットして、セットして。
御世辞にもかっこいいとはいえない仕上がりだったけれど、蓮は満足そうに「これでいい」って言てくれたっけ。

感傷が胸に広がったけれど、気付かないふりをして立ち上がった。


「おまたせ。この椅子に座って?」


キッチンから持ってきた椅子に蓮を座らせて、首にタオルを巻く。
次に、カットクロスをふわりと掛けた。


「カラーは薬剤がないからできないの、ごめんね。どんな感じにする?」

「任せる」

「はい」


手入れなんて全くしていないのに、蓮の髪は綺麗だ。
痛みはなくて、櫛を通せばサラサラと流れる。
何度も梳き、水を含ませれば艶がでる。

いつだったかにイメージした姿を頭に置いて、鋏を入れた。
静かな中に、しゃきん、と澄んだ音が響いた。


蓮は、何もしゃべらない。
あたしもまた、何も話しかけなかった。
ただ、鋏が余分なものを切り取って行く音だけがそこを支配していた。


以前に切った時は、必死だった。
かっこいい蓮を取り戻したくて、何度も何度も確認しながら鋏を入れて、どうにか終わった時には汗だくになっていた、

今は違う。
手が思うように動く。鋏は間違いもなく、不要な部分だけを除いていく。


五年という歳月は、こんなにも変化をもたらしていたのか。


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