君にすべてを捧げよう
――天性の才能を持った楽師の男。
心逸る行進曲から、死者を楽園へ運ぶレクイエム、千の言葉よりも甘くとろける恋歌、彼の紡ぐメロディに、人々は心を奪われる。
男は己の才能を確信していたし、周囲もまたそれを認め、褒めそやした。
適当に思いついた鼻歌でさえ、素晴らしいと称賛された。。
地位も名声も手に入れた楽師は、美しい女も手にする。
心根清らかで、どこまでも優しい、楽師のことを心から愛している女。
楽師もまた彼女を愛したけれど、いつしか彼女一人では満足できなくなって、遊興に身を投じてしまう。
女はそれでも、楽師を愛していた――
ページを捲る指先が震える。
これは、蓮の話だ。
ファンタジーのような設定で、幻想的な文体だけど、蓮のそれに違いない。
先を知るのが恐ろしい。
それでも、指は、目は止まらなかった。
――聖母のような女もいつしか、楽師に愛想が尽きてしまう。
『あなたに才能なんてない。神からの贈り物なんて元から持ってない
もう、人の心を揺さぶることなんてあなたにはできない』
彼女の言葉を、楽師は信じない。だって、みんなはこんなに自分を褒めてくれる。魅惑されたと言ってくれる。
女の目が腐ってしまったのだ。それならば、その目を自分が取り戻してやろう。
自分はこの愚かな女の傍にいてやろう。
どこまでも傲慢で驕り高ぶっていた男は、反省するでもなく己を顧みるでもなく、むしろ女を見下げたのだ。
女の言葉は男の心に届かない。
見限ればいいのに、男を見捨てられない女。
それに気づかない男。