君にすべてを捧げよう
絶望し、楽器を捨てた男に、人は集まらなかった。
音楽を奏でられない楽師など、最早何の価値もない。


取り巻きは去って行き、やがて男は、独りぼっちになった。


それでも、男はそれでいいと思った。
一人きりで死んでいった女のことを想えば、それも仕方ないと思えた。


居場所のなくなった男は、逃げ出すように故郷に帰る。
死に場所を求めたのか、隠れ場所を求めたのか。
ただ、誰にも忘れ去られた場所で、ひっそり身を隠していたかった。


けれど、そこには少女がいた――



これ以上、ページを捲ってはいけない。
ここから、進んではいけない。
そう、思うのに……。

気を落ちつけようとティーポットに手を触れれば、それはすでに、熱を失っていた。



――少女は、男の幼馴染だった。

遥か昔、共に眠り、朝夕を共にしていた。
少女は、楽師ではない、一人の昔馴染みを迎えてくれた。

廃人のようになった男に、少女は献身的に世話をする。
食事を支度し、共に食べる。髪を梳き、服を着替えさせ、日の光を浴びさせる。
返事もしない、木偶の坊に成り下がった男に話しかけ、笑いかけ、離れなかった。

その、打算も何もない、掛け値なしの少女の行動は、男の心をゆっくりと溶かす。


けれど、思う。どうしてこの娘は、自分などに構うのだろう。
才能も何もない、傲慢で最低な自分にそこまでの価値はないのに。



< 231 / 262 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop