君にすべてを捧げよう
逡巡する男はある時、少女の目に自分と同じ愛情が宿っているのに気が付く。

それはとても甘美で、心が狂わんばかりだった。

でも、これを手にしてしまえば、自分はきっと、失うことに怯えて生きていかなければならないだろう。

疑心暗鬼になり、少女を傷つけるかもしれない。
そんなことはしたくない。


それならば、いっそ。
想いの浅いうちに。


泣いて止める少女をわざと傷つけて、男は少女の前を去った。
手に入れなければ、離れてしまえば、失うこともない。


そうして時が流れ、少女には恋人ができる。
幸せそうな少女を、男は遠くから見つめる。

少女への想いは益々酷くなり、心を蝕んでいた。
でも、傷つけるのも、失うのも、恐ろしくてならない。
男は、何もできない。


男は苦しんで、苦しんで。
それでも、幸せだけは祈りたくて、必死におめでとうと叫んだ。
少女が幸せでさえあれば、それでいい。
自分は、彼女をただ見守れればいい。
ただ、彼女の幸福を願えれば。


そうしたら、目の前に、女が現れた。
それまでは死に顔ばかりだったのに、その時だけは昔のままの零れるような笑顔を見せ、『おかえりなさい』と言った。


ああ、許されたのかもしれない。
一人の人間として苦しむことで、何かを取り戻せたのかもしれない。



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