君にすべてを捧げよう
結局、鏑木さんが仕上げまで全て、終えてしまった。
伸びきったヒゲも綺麗に整えられた蓮は、鏡に映る自分を満足そうに眺め。

『またお願いします』

だなんて言っていた。
いつも適当に切ってもらってるだけの、見た目に無頓着な蓮が、だ。

悔しいけど、やっぱり鏑木さんはすごい。
会話に意識の大半を持っていかれた様子だったのに、いざ終わってみればきっちり仕事をこなしていた。
しかもあたしが頭の中でイメージしていたよりもずっと、感じよく仕上がっていたのだ。


「はあ、切ない……」


カゴいっぱいのタオルをとろとろと干しながら、何度目かのため息をついた。

尊敬できる人と一緒に仕事ができるのはいいことだと思っているけど、たまに実力差を痛感して凹んでしまう。

鏑木さんとあたしは3歳差。
3年後、あたしは鏑木さんのような仕事ができているだろうか。


と、カタンとドアの開く音がして、顔を向けたら鏑木さんと蓮が姿を現した。


「向こうが物干し場です。こちら側は、俺たちの簡易休憩所」

「へえ、なるほど。結構狭いんだな。さっきのロッカールームもそうだったし」

「裏側なんてどこもこんなもんですよ。
俺が以前いた店は、狭い通路で立ったまま飯食わないといけないくらい狭かったんですよ」

「そりゃ酷い」


施術が終わったあと、蓮は鏑木さんにくっついて店内見学を始めた。

本気で次の話の舞台にするつもりなのらしい。
見れば、メモ帳とボールペンまで手にしていた。


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