ふたつの背中を抱きしめた
9章 choose me
1.ふたつの背中を抱きしめた
よく晴れた秋の昼下がり。
私は退院した綜司さんと海に来ていた。
あれから綜司さんは義父様の協力で胃潰瘍の診断書をもらい1週間の休暇を取った。
私の休みに合わせて今日は朝から電車に乗り込み隣県の海へと2人でやって来た。
そう。
いつものように車を使って来るのではなく、各駅停車に乗って、ただただゆっくりと2人で海を目指した。
ほとんど喋るコトもなく、ひたすら穏やかに 。
秋の海は人もまばらで心地のよい静けさが広がっていた。
日射しを反射した水面がキラキラと光って、秋の涼やかな風に波を描いている。
優しく寄せて返すさざ波を聴きながら、私達は手を繋いで砂浜を歩いた。
「静かだね。人がほとんどいない。」
波の音にも似た優しい調べで綜司さんは言った。
「そうだね。海の家もやってないし、何も無いもんね。」
「でも、その何も無いのが…気持ちいいな。」
ひんやりとした風を受けながら綜司さんは目を細めて言った。
私はその横顔を見て頷くと、同じように海から吹く風を受けた。
何も無い。
ただ2人の繋がれた手を冷たい風が撫ぜていくだけ。
ひたすら繰り返す波の音は
まるで時が止まったかのような錯覚を覚えさせる。
ただただ、穏やかな時間。