猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
カウンターに座ってもしばらく無言が続いて、美桜の胃はキリキリしだした。
どんっと音がして温かいお茶が瞳の前に置かれる。
「絢士ならここにいないわよ」
「あの、お仕事を辞められたって聞いて……」
「全く何を考えてるのかね、このご時世に」
「そうですね」
「あの子は昔から我が道を突っ走るタイプで、困ったもんよ」
みゆきは東堂を見ようともせず、殆ど無視している状態だ。
「あの……おか…」
お母様と呼ぼうとして、それは許されないとすぐに気づいた。
「みゆきさん…あっ」
「いいわよ、みゆきで。ここじゃみんなお客さんもそう呼ぶわ」
「はい。あの、どうして私達が来ると?」
「あの子が突然ひどい顔して帰って来たから、色々問い詰めたら、美桜ちゃんと別れたって家の事情を知ったからってさ」
「そうでしたか……」
「絢士は言ったんでしょう?自分を産んだ母親は綾乃だって」
「はい」
「だから、そこにいる男を連れてきた」
美桜が視線を向けてうなずくと、みゆきは初めて東堂を見た。
「今さらのこのこ出てきて、どのツラ下げてあの子に父親ですって言うつもり?」
「みゆきさんっ違うんです!」
「いいから、美桜は黙ってなさい」
立ち上がった美桜の肩を押して東堂が座るように促す。
「ふんっ!そんな愁傷な態度をとったって私は騙されないよ」
「はい」
「今さらあの子に逢ってどうするつもり?」
「ただ逢いたいだけです。その先は彼の望むようにしたいと思っています」
「じゃあ、あの子が会わないって言ったら、それでいいんだね?」
東堂はグッと一時押し黙った。
「……榊さん」
長い沈黙のあと、東堂は思いつめた顔をあげた。
「……榊さん、彼は綾乃に似ていますか?」
「はっ?」
「笑うと右だけえくぼができたり、人指し指より薬指の方が少し長いですか?あっ!もしかして椎茸が嫌いだったりミントのアイスが好きだったりしますか?
ああ…そうだ!葡萄は皮ごと口に入れたりしませんか?犬より猫好きですか?」
「おじさま……」
美桜の瞳に涙が溢れだした。
「おとぎ話や童話が好きで、何故かピーターパンのフック船長が好きで我慢強いくせに、情に脆くて……周りにいる人間を幸せにする笑顔が……」
「おじさま!!」
美桜はたまらず立ち上がり、涙を流しながらも笑って話を続けようとする東堂を横から抱きしめた。
……カウンターの中からもすすり泣く声が聞こえた。