想 sougetu 月
「落とすなよ」
「落とさないよ。それ、毎回言うね」
「月子の場合、何度言っても足りないってことはないからな」
「いままで一度も落としたことないじゃない」
「パソコンはな?」

 にゃりと意地悪な笑みが向けられる。

 確かに、私のうっかり被害を一番こうむっているのは斎だろう。

「今度わざと落としちゃおうかな?」

 悔し紛れに冗談を言ったら、いきなり斎の表情が急変した。
 少し怖い真剣なまなざしが私に向けられる。

「落としてもいいけど、それ相応の償いはしてもらうよ」
「……」

 斎がすると言えば必ず実行する。
 脅すような言葉に震え上がってしまう。

 不機嫌になったってわけじゃないけど、向けられる視線が剣呑としてて怖い。

「じ……冗談だってば」
「知ってる。ほら」

 ポンと手の上にパソコンが置かれ、慌ててしっかりと受け取ると、斎が顔を近づけ指が私の頬に触れた。

「落としたら、俺の気が済むまで何時間でも泣かすから……」
「…………」

 妖艶さを含んだ笑みに、どきどきと心臓の鼓動が早くなっていく。

 いつから斎はこんな表情が出来るようになったのだろう。
 好きな人が出来たから?
 例の彼女のこと、どんな付き合いをしているのだろうか?
 斎ばかりが先に進んでいく。

 私は……。

 考えたくもないことが脳裏に浮かぶ。

「ほら、返事」
「……ん」
「俺に泣かされたいならわざと落としてもいいからな?」
「そんなことしないもん!」

 くすくすと笑う斎に背を向け、受け取ったノートパソコンをしっかり抱いて自分の部屋に逃げ込むように入る。

 最近の斎は少しわからない。
 急に優しくなったり、不機嫌になったかと言えば、今のように見たこともない表情を浮かべる。

 人は恋をすると変わると言うけれど、これから、どんどん私の知らない斎になってしまうの?

 そう思うだけで、胸がずきりと痛んで落ち着かない気分になる。

 いつも振り回されるのは私。
 好きになった方が負けだと誰かが言っていたけれど、こういう時、実感してしまう。

 好きになった方ばかりが辛い……。
 早くこの胸の痛みから解放されたい。
 
 私はノートパソコンを机に置くと、すぐにネット検索をし始めた。
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