君がいるから
「アディル」
「はい」
お爺さんとアディルさんの掛け合いを、近い距離にいるにも関わらず、どこか遠くで聞いている感覚。そうしている内に、靴音が徐々に近づいてきたと思うのと、甘い香りがすぐ傍で香ったのに気づいたのはほぼ同時。初めて会った時から、甘い香りを纏う人に助けられ甘えてきた。
自身の肩に、そっと置かれた掌の温もりに薄く瞼を開いて見上げたら、想像していた通りの優しい表情があった。不安気に瞳を揺らしたら、その不安を拭い去ってくれるようにいつもの微笑みをくれる。
「部屋に戻ろうか、あきな」
声には出ない返事を首を縦に振って答えた。
「それでは、私は職務に戻ります。何かございましたら、すぐにお伺い致します」
冷静な物言いの声の方へ横目で見遣った先では、席を立ってジンとお爺さんへ声を掛けるアッシュさんの姿があった。どちら共に向けて臣下の礼をし、私達よりも足早にアッシュさんは扉へと進む。テーブルを間に挟んだ向こう側で、私の視線に気づいてか青い瞳とふと目が合ってしまったけれど、逃げるように逸らす。
奥まった先でギーッと重厚な扉が開かれる音がたち、出て行く気配を感じた。そして、扉が閉められた音を耳にして、気づけば小さく息を吐き出していた。
「さっ。部屋に戻ろうか」
アディルさんが手が背中に添えられ、立ち止まっていた場所から促されるようにして動き出す。すると、背後から。
「あきな、あまり無やみな行動は取るでないぞ。お主がどれ程我等にとって大事な存在かを心に留めておいてほしい」
その言葉に頷くことも声にすることもせず歩む。
扉の前へと辿り着き、アディルさんが扉を開けてくれ、龍の間から出ようと一歩前へ出す――。
――り――っに――
「っ!?」
「あきな? どうかした? 突然振り向いたりして」
「あっいえ、今背後から声が」
「声……?」
アディルさんは周りを首を傾げて辺りを見回すも気にとめるようなことはなく、私を見下ろす。
(気のせい……)
そう思いながらも、私も辺りを見渡してしまうけれど、ジンとお爺さん2人の姿だけ。
行こう――背中を軽く押して外へと出るよう促され、見る先を元に戻す。その間際――何処か違和感を感じた。ただ、それを確認することなく、私はこの場を後にしてしまった。