君がいるから


「あきな様」

「はっい!」

 女性の後ろ姿に集中していたあまり、急に背後から名前を呼ばれて変な裏声での返事になってしまった。振り返ると、腰に剣を下げ甲冑を身に着けている男の人が立っていた。

「アディル副団長にあきな様の護衛をと命を受けました。何か御用や変わったことなどございましたら、どうぞご遠慮なく仰って下さい」

「あ……ありがとうございます。えっと……あの…聞いてもいいですか?」

「はい、何でしょう」

「アディルさんが言っていた儀式って、どのくらいで終わるんでしょうか?」

 私の問いに男の人はくすりと微笑む。

「アディル副団長なら終わり次第こちらに来られるそうです。時間はそうですね……2時間程あれば終わるかと」

「そうですか。分かりました」

 頷き微笑み返し、最後にお辞儀をする。

「ごゆっくり、お食事を楽しんで下さい」

 そう男の人は言うと、開いていない片方の扉の前に立つ。一度、騎士さんに会釈をし、そっと扉を閉めると今度は部屋の中――背後から声が掛けられる。

「あきな様。お食事が冷めてしまいますよ」

 振り向いた先に、おばさん――ちょっと失礼かな……女性がティーカップに温かな湯気が立つお茶を入れ終わった後で、私の傍へと来てあの時とは違う、優しい手つきで背中を押されながらダイニングテーブルへと連れて行かれる。行き着いた先で椅子を引かれ『どうぞ。お座り下さい』っと言われ、女性の顔を伺いながら、そっと腰を下ろした。私の目の前には、お皿の上からおいそうな温かな湯気が立ち上っている料理の数々。しかも何本もあるフォークにナイフ。
 この光景は、朝食時と同じだ。朝食の時を思い返し、どうしようと考える。

「あきな様、お食事の前に一言よろしいでしょうか」

 女性はその言葉と共に折り目正しく腰を折り、私に深く頭を下げた。

「え!?」

「申し訳ございませんでした! 私は何も知らず、あきな様に大変失礼なことをしてしまいました! 本当に申し訳ございません!」

「かっ顔を上げて下さい!」

 椅子から立ち上がり、女性の傍に近寄る。

「いえ。お許しいただくまでは、顔を上げるわけには参りません」

「許すも許さないも……私もはっきり言わなかったせいもありますから。だから顔上げてください! お願いします」

 未だに頭を上げる気配もなく下げ続ける姿に、私は必死になって止めた。

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