君がいるから


 こんな風に謝られることなんてなかったし、それに私はこんなに謝られる立場の人間でもない筈なのに。女性の行動にわたわたと、何とかしようとして出た言葉は――。

「えっと……食事も冷めちゃいますし、折角淹れて貰ったお茶も」

 何か言わなければと放った言葉はこれ。これじゃ、ただの食いしん坊だと思われたかもと後悔が生まれたが、ゆっくりと顔を上げた女性の姿に胸を撫で下ろす。

「本当に申し訳ありません。そうですね、お食事が冷めてしまってはいけませんね」

「もう本当に、これ以上謝らないで下さい。終わったことですし」

『ね?』っと微笑むと、女性もあの時に見た表情とはまったく違う――柔らかな微笑みを返してくれた。

(あ……何だか懐かしい感じがする……)

 再び椅子を引いてくれて、今度は軽やかに腰を下ろした。

「少し冷めてしまいましたね。温め直しましょうか?」

「大丈夫です! 猫舌なので少し冷めたぐらいが私にはちょうどいいです」

 そう返すと、小さなお鍋に入ったスープをお皿によそってくれた。

「それでは、こちらはまだお熱いので気をつけて召し上がって下さいね」

「はい。それでは、いただきます……」

 手を合わせ食べようとしたものの、フォークを取ろうとした手を止めた。

「あきな様? どうかなさましたか」

 一向に食べる気配が無く動きを止めてしまった私を、不思議そうに見つめる女性の視線に目を泳がせる。

「何かお嫌いな物でもございましたか?」

「嫌いな物ではなくて……」

 朝は何とか使わずにパンとスープだけで済ませたけど、今回はそうもいかない料理ばかり。

(どうしよう……聞いたほうがいいよね)

 聞こうかどうしようかと迷っていたら、すっとフォークが目の前に差し出された。

「マナーは気にせず召し上がって下さいまし。どうしても気になるようでしたら、今度お教えいたしますので今回は自由に」

 私の悩みを察してくれ、差し出されたフォークと優しい声音に自然と頬が緩む。

「ありがとうございます」

 フォークを受け取り再び『いただきます』と、パスタのような料理をフォークに捲きつけ口へと運んだ。


< 62 / 442 >

この作品をシェア

pagetop