銀杏の下で







国立東病院の敷地内にある大銀杏。

その下のベンチで本を読むのが、ここのところのあたしの日課だ。



サワ、サワ。

夏に繁らせた扇形の葉が
音を立ててあたしを包む。

この天井全体が黄色に染まり、やがて北風がその葉を散らしたら冬がやって来るだろう。



季節は、巡る。




「―… 『待ちくたびれたよ、智恵子』…なんて。光太郎は、言わなかったのかな。」




少しずつ狂っていく智恵子に。

快復のあてなき日々に。



『トパアズいろの香気が立った』とき、詩人は何を思ったのか―…。



悲嘆?、寂寥?―…安息?


最愛の人の、最期の刹那
彼の胸を占めていたのは、何だろう。



叶うなら、
会って聞いてみたかった。




パタン

黄色の扇を本に閉じ込める。


しゃきん、と…

智恵子が鋏をふるう音が聴こえた気がした。





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