歩み


今親父の顔を見たら、せっかく気付いた自分の価値や存在をまた見失いそうで…怖い。
だから会いたくない。



「歩さん?お茶を入れてきました」



ドアの向こうで声が聞こえてくる。
この声は富田じゃない。年齢不詳の家政婦の声だ。



俺は立ち上がり、ドアの方へと歩いていく。



「ちょっと待って!」



こう言ってドアの鍵を開けて、顔を覗かせる。
やはりそこにいたのは年齢不詳の家政婦だった。
淡い赤の口紅が、また年齢を分からなくさせる。


「紅茶とケーキを持ってきました。良かったらお召し上がりください」



俺の機嫌を損ねないような笑顔を見せて、俺に紅茶とケーキを差し出す家政婦。
俺は軽く笑顔を作り、一言礼を言って、再びドアを閉めた。



「富田さんじゃなかったんだ?」



「うん、家政婦。
紅茶とケーキだってさ。ちょっとそこ片付けて」


沙紀に参考書などを片付けるように言って、それらをテーブルの上に置いた。

今日のメニューは、
りんごの紅茶と季節のタルトのよう。
美味しそうなのに、手が動こうとしなかった。



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