ヤサオトコ
田原がいないオフイスは、静かで平穏そのものだった。
栗崎は終業時間までの間、安らかなひと時を送っていた。
終業時間になった。
栗崎は挨拶も省略して、逃げるように千通を出た。
急ぎ足で御堂筋を左折。
栗崎が安堵していると、後ろから声がした。
「栗崎君」
振り返ると、ホーム食品の宣伝部長、橋爪沙幸だった。
「あっ、部長」
「本当に辞めるのね」
沙幸は栗崎を見詰めて、寂しそうな表情をしている。
「ええ」
「私のせい?」
「別に」
栗崎が首を振った。
「あれは、冗談だったのに」
沙幸は、バレンタインデーの日の事を気にしているらしい。