ヤサオトコ

 冴は開店時間と同時に、『ジェントル』に入店し、夢崎を指名した。
 ウエイターは、夢崎が店を辞めた事を慇懃に冴に告げた。


 「えl――。辞めたの。いつ!いつ辞めたのよ」


 冴がウエイターに強く問いただした。


 「何でも、今しがた支配人に辞める事を告げられたみたいです」
 「今しがたって、何分ほど前」


 「10分ほど前じゃないですか」
 「10分前」


 そう聞くと、慌てて冴は、走って店の外に出た。
 右側、左側を交互に見るが、夢崎らしい姿はどこにも無い。
 冴は、へなへなと地面にしゃがみ込んでしまった。


 「あー。どうして。どうしてなのよ」


 冴は地面を拳で何度も何度も叩いた。
 手の痛みより、最愛の男を失った痛みの方が、冴には何倍も何倍も痛かった。


 冴は気が済むまで、地面を拳で殴り続けた。
 アスファルトの路面には、冴の心から流れる血で出来た赤い斑点が、薄っすらと滲んでいた。











 
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