愛しい子
恵里佳さんは自分を落ち着かせるように、ため息を吐いた。
「……それからは地獄だったわ。元から悪かった評判はさらに悪くなって、下駄箱や机には悪口が書かれるようになった。変態とか、尻軽とか。とにかくひどかったわ」
クスッと笑う恵里佳さん。それを見て、すごく胸が痛んだ。
やっぱり心のどこかで、私は可哀想だと思うときがあったのかもしれない。だけど恵里佳さんの過去を知って、私は自分がどれだけ幸せかを感じた。
加治や、父さん母さん。そして恵里佳さん。
私はこんなにも大切にされていながら、迷惑かけてなんてわがままなのだろう。
「いじめられたりもしたし、近所からは噂ばかりされた。誰も助けてくれない中で、私は初めて父さん母さんが優しかったかを知ったわ」
「恵里佳さん、私、私……」
「いいのよ。亜久里は頭のいい子だもの、わかってるわよね。それでも産みたいんでしょう?」
頷くことはできなかった。ただ、開いた口を閉じることができず、ぱくぱくさせるだけだった。
恵里佳さんはそっと私を抱き締め、優しく背中を撫でた。
「私ね、中絶をしてから毎日悔やんだ。赤ちゃんを殺してしまった、なんてひどいことをしてしまったのだろう……って。それは、学校でいじめられるより辛かったわ」
ぽろぽろと、流さないと決めていた涙が、溢れ出てきた。
「辛かったわよね、怖かったわよね。毎日不安だったでしょう、苦しかったでしょう。よく頑張ったわね、亜久里」
まるで魔法の言葉だ。
私の悲しみを、掬う(すくう)ように消してくれる。
「産みなさい、なんて無責任なこと言えない。だけどね、これは命の問題なの。貴女の赤ちゃんなの」
スッと。私の肩を掴み、自分と向かい合わせた。
「誰かのせいにして、赤ちゃんを殺すなんて私が許さない。自分に責任があると思うなら、自分で決めなさい。そしてそれを貫くの」
息ができないくらい泣きじゃくり、言葉にならない声で返事をした。