Yucky☆マニア~Special Fan book~
もう…何も手に入らない。
そう思ってた。
俺の手のひらの中には
もう何も残ってない。
あの場所で立ち上がった瞬間
そう…思ってた。
――あ~~、終わったな、俺。
選手として泳ぐことはもう二度とできなくても、なんかの形で競泳に関われたらそれでいっか。
プール掃除でも
タイムキーパーでも
なんでもいいや。
水泳に関われる仕事なら、なんでもいい。給料が安かろうと高かろうと、関われるならなんでもいーや。
人生なんて…なんとでもなる。
捨てたくないと思うから、人は弱くなる。
大事なものを守ろうとするから…人は何かを失うことが怖くなる。
怖いから、弱くなる
悩むから人はどんどん弱くなる。
それなら……さ??
全部捨ててしまえばいいんじゃねーの??
俺はあのロッカールームでそう思った。
欲しがらずに
守ろうとせずに
大事なモンなんてこの場で全部捨ててしまえばいい。
俺の夢も将来も
アスリートとしての人生も…美織も。
全部捨てて
もう一度ゼロからやり直せばいい。
競泳も美織も
全部ゼロにして、全部なかったことにして、もう一度やり直せばいい。
今まで俺を形どってた
生きる意味も何もかも
俺はあの場所に置いてこよう――……
そう思ってたのに。
さっきまでそう思ってたのに
「キョウちゃん……」
今、俺の腕の中には美織がいる。
欲しくて欲しくて堪らなくて
手に入れたくて傷つけて
好きで好きでたまらないから、その手を離そうと誓ったオンナが俺の腕の中にいる。
――マジで…??
夢じゃねーのか?コレ。
信じらんねぇ。マジで信じられねぇ。
月明かりで輝く
薄暗いプールの中で
抱き合う俺たち。
「嫌い!キョウちゃんなんて大っ嫌い!!」
そう叫んだ唇が
憎しみと怒りしかこぼさなかった唇が
「キョウちゃん、好きだよ」と優しく動く。
たまらずに抱きしめた小さな体
キスをした後の甘くとろけた瞳
水に濡れて月明かりに光る髪
そのすべてがいとおしい。