隣人M

夏彦の夢

それから、神楽夏彦。克己の戦友で、バスケットの名選手。あのシャンパニオン公園での出来事のあと、克己にまた会いたくて訪ねていった部隊で、たまたまバスケットの試合をやっていた。

みんなそれぞれにうまかったけれど、一人だけパッと華やかに目立つ背の高い選手がいた。それが夏彦。


思わず見とれていたら、彼がパスしたボールが相手にカットされて、勢いよく弾かれたボールは、観客席のあたしの顔面に直撃。


気がついたら、医務室の鉄パイプを組んだお粗末なベッドの上だった。そして、ずっと手を握ってくれていたのが夏彦だった。

「あ、気がついたんだね。よかった。本当にごめんなさい。俺、神楽夏彦っていいます」


目を開けたあたしの前に、夏彦の整った顔があった。女の子みたいな克己とは全く違うタイプで、珍しかったんだと思う。


話すうちに、あたしは好感を持った。男らしいさっぱりした話し方で、ユーモアのセンスもあったし。それに。大きな夢を抱いていた。


「今の戦争、ひどいものだろ?やっぱり人間が成長できないからだと思うんだ。俺だって兵士をやっているけど、人を殺すのなんかやっぱり嫌だからな。血なんか見たくもない」


「そうね、あたしもそう。人が死ぬのなんて、もうたくさんだわ。でも、人間全体が大きく変わるなんて、もっともっと先のことなんでしょうね」


「それが、違うんだな」


夏彦がいたずらっぽく笑った。子どもみたいに純粋な、きらきらしたまなざしがまぶしかった。


「人間の心を手術できるとしたら……?」


「まさか!そんなこと!」


「それが、もうプロジェクトチームが発足しているんだ。あまり知られていないけどね。そう、人間の心の中の欲望なんかを取り除くことができるようになるのさ。そうすれば、もうこんな戦争なんか起こらない。どうだい?」


「ええ、すごいわ!本当にできるようになるのね?」


「ああ、もちろんさ。忌まわしい記憶もすべてなくなって、生まれ変われる。俺は、この戦争が終わるのを待って、そのプロジェクトチームな連絡を取るつもりなんだ。大学に行って、一定の単位を取って、何年か専門のスクールに通って試験に合格したら、心療手術のスペシャリスト、心療外科医になれるんだ」


そこまで夏彦が語ったときだった。いきなり中年の男性が息を切らして走ってきた。


「神楽くん、敵の襲撃だ!第15部隊の出撃命令が出た。急げ!そこのお嬢さんも、ここを立ち去るんだ!」


「立てるか?えっと……」


「水町夕夏よ」


「夕夏さん、こっちだ」


夏彦があたしの手を取った。そのとき、大きな爆音がして、あたしたちは、砲弾の破片や石ころと一緒に吹き飛ばされた。


「夕夏さん!」


夏彦の声がして、大きな体がふわりと被さってきた。おかげであたしは怪我一つしなかったけれど、彼の腕には痕が残りそうな深い傷ができた。赤黒い血が、草の上に流れ出るのを目の当たりにして、震えたのを覚えてる。


……え?傷?痕が残りそうな傷?


「椎名和馬、神楽夏彦……ふたりは同一人物で……『こっち』でも『現実』でも、克己の親友……バスケットの選手……そして、克己の心の中の夏彦も、『現実』の夏彦……椎名も、『夕夏』をかばって、深い傷を負った……」
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