理想恋愛屋
「いるって言ったり、いらないって言ったり。どっちなのよ!」

 八つ当たりモード全開だが、どうにもハッキリしない彼女にオレも苛立った。


 だから、言ってしまったのかもしれない。


「労わるとか、感謝の言葉とか、キスの一つでもあれば言わねぇよ!」



 ───トンデモナイことを。



 エアコンが効いているはずなのに、一瞬にして事務所内の温度が冷えていく。

そして、彼女がゆっくりと唇を開く。


「……キス、すればいいわけ…?」

 次第に時代に気づいたオレは、ジワリジワリと冷や汗が背中を伝う。


「え、あ、いや、そういうわけじゃなくて……」

 というか、感謝を口にするという簡単なことは、彼女の中では即排除されたらしい。


 真正面に向き直る、真剣な瞳。

どっくん、どっくん、とあられもない心臓の音が恥ずかしい。


「じゃあなんなのよ!ああでもない、こうでもないって、情けないわね!!」

「な、なんだと……!」

 急に黙ったと思ったら、また怒り出す。

売り言葉に買い言葉だったけど、改めて口に出されると腹が立つ。


 確かに、ここ一番というところで、なかなかキめきれないオレではある。

だが、いやいや、それはオレなりの優しさだったりする。……時々、だけど。


 しかし彼女だって後に引けないのか、更に便乗してくる。


「たまにはビシっと決めたらどうなのよ!!」

 そこまで言う彼女に、オレも言ってしまった手前、引くに引けないわけで。


そして、何故かオレがすることになっているんだけど。


< 298 / 307 >

この作品をシェア

pagetop