主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
あれから丙の家に行って畑を手伝うのが日課になった若葉は、ほとんどといっていいほど銀との会話がなくなってしまい、家に帰るのが億劫になり始めていた。

帰ってきたかと思えば女の匂いをぷんぷんさせていて、言葉を交わすことなく風呂に入って女の匂いを落としてからようやく挨拶程度に話をする。

その頃にはもう丙の家の手伝いをしなければいけないので若葉が家から出なければならず、独りで朝餉を食べて、洗い物をして、洗濯をしてから家に出る。


…一時は明るい表情が増えた若葉だったが、家に居る時は表情が少なくなり、銀を心から追い出そうとしていた。

そしてそれは、銀も同じだった。


「…ぎんちゃん、行って来ます」


「……ああ。まっすぐ帰って来い」


――束縛はするくせに、自分は毎日女をとっかえひっかえして遊んでいるのに――

喉から出かかっていた言葉を呑み込んだ若葉が草履を履いた時、鼻緒が切れて体勢を崩してよろめいた。

興味のないふりをしていたが、一部始終余すことなく若葉の行動をずっと見ていた銀がすさかず身体を起こして若葉の腰を強く引いて抱き留めると、家の中は静寂に包まれた。


「…ありがとう、ぎんちゃん」


「………早く行け」


そう言いつつも若葉の身体に回した腕は若葉を離す気配はなく、腕に伝わってくるやわらかな身体の感触に、もうこの娘は童子ではないのだという感傷的な思いが滲み出る。

また丙に何かされたのでは…と疑ってしまうほどにここ最近の若葉は綺麗になり、銀を焦らせていた。


「離してくれないとひのえちゃんのところに行けないよ」


「…もう…抱かれたのか?」


「え?今なんて言ったの?聴こえなかった」


限りなく小さな声で呟いた言葉を聞き逃した若葉が聞き返すと、銀はふいっと顔を逸らして腕を離して若葉を解放した。


「なんでもない。…今度丙をここに連れて来い。今まで俺に挨拶もないなんて、何を考えているんだ」


「ひのえちゃんんは跡取り息子だから忙しいの。でも今度連れて来るね。ぎんちゃん…怒っちゃ駄目だよ」


「怒るに決まっているだろうが。…もう行け」


振り切るように背を向けると、若葉が戸を閉めて家を出て行った。

腕に残る生々しくやわらかい感触が取れずに着物の袖でごしごし擦りながらも動揺を隠せない銀は、はじめて若葉を“女”として意識してしまい――怯えていた。
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