主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
結局はほとんど眠れないまま朝を迎えた銀は、腕の中で若葉の瞳がゆっくり開いたのを見て寝たふりをするために瞳を閉じた。

最初はじっと見つめられている気配がしていたが、物音を立てずにそっと起きた若葉が床を出て台所へ向かうのを薄目を開けて見つめる。

窯に火を興した後、火鉢にも火を入れて部屋をあたたかくすると、てきぱきと朝餉の準備に取り掛かり、若葉のいつもの日常が始まった。

頃合いを見て起き上がった銀は、さも今まで寝ていましたというぼんやりとした表情を作って若葉に声をかけた。


「もう起きたのか、早いな」


「ぎんちゃんおはよう。だってお引越しの準備もしなきゃ。持って行くものはそんなにないけど、またいつでもこの家を使えるように綺麗にしておくの」


「そうか。だが朔を呼ぶ必要はないぞ、俺とお前だけで綺麗にしよう。いいな?」


「うん。ぎんちゃんお布団持ってね。私はお着物とお鍋とか運ぶから」


時々は若葉の朝餉に付き合ってやっていた銀は、小さな丸いちゃぶ台の上にすまし汁や漬物や魚、そして米が並べられてゆくのを見ながら、まるで夫婦のようだと思ってしまった。

丙ともいつかはこうして共に朝を迎えて朝餉を摂るのかと思うと憤りを感じてしまう。


…今はまだ嫁にやる気はないが、いずれは――丙に嫁がせるのが自然の流れ。

今はまだ…まだ、駄目だ。


「ぎんちゃんご飯できたよ。これ食べたらお洗濯してお掃除して…」


計画を立てながら一緒に朝餉を美味しく頂き、指が切れるような冷たさの水で手が真っ赤になっている若葉の肩を押して台所に立った銀が食器を洗う。

よく見れば指はあかぎれしているし、こんな手で洗濯物をさせるわけにはいかない。


「俺が洗濯をするから、やり方を教えてくれ。お前は干すだけでいいからな」


「ほんと?ぎんちゃんありがとう。実はちょっとだけ手が痛かったの」


「お前はあちこち弱すぎる。もうちょっと身体を鍛えろ」


「女なんだから鍛えたってたかが知れてるよ。……あれ?朔ちゃんだ」


陽が上った頃、外で洗濯をしていると、丘を上がってくる朔の姿が見えた。

呼んでもいないのに朔が現れたので、銀が嫌そうな顔をすると、朔がにやりと笑ったように見えた。


百鬼夜行をいずれ継ぐ朔は年々力が増している。

頼もしい幼馴染の存在は嬉しいが…若葉に好意を持っているのなら話は別なので、しばらくは朔の動向を観察するつもりでいた。
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