主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
若葉と暮らしていた小さな家――

この手でずっと若葉を育ててきた小さな家にぽつんと独り――

まさか独りになるとは思わなかったし、いつかこういう日が来るとは思っていたが…思っていたものとは全然違う。

笑顔で若葉を家から追い出す予定だった。

人の男に幸せにしてもらって笑顔で家を出る若葉を見送る予定だった。

なのに…


「追い出したのは同じ…か…」


息吹から手紙を見せられてから、何度も丙の家に乗り込もうと思ったが…“会いに来ないで”という一言が心に突き刺さって脚が丙の家に向かおうとしない。


…愛しい、と思った心を無視して心にもないことを口走ったから、罰が下ったのだ。


「こういう…運命だったのか?」


運命なんか信じたことがない。

もし運命があるのなら…何故若葉を離れるような運命になってしまったのだろうか?


「…一目姿だけでも」


ふらふらと立ち上がった銀は、気配を完全に消して脚を叱咤して丙の家に向かう。

だが乗り込むようなことはせずに、木陰に隠れて丙の家を見つめ続けた。


しばらくすると――


「……若葉…」


家から出て来たのは、思ったよりも元気そうな若葉と、若葉の肩を抱いた丙だった。

顔色も良く、いつも表情の動かない若葉は少し笑みを浮かべて庭に出ると、丙と一緒に花の種を植えて楽しそうにしていた。


もしかしたら…泣いたことがない若葉をはじめて泣かせたかもしれない。

そう思うとまたぎゅっと胸が痛くなり、爪を立てて木の幹を何度も掻いた。


「ひのえちゃん、あんまり派手にしたくないから…全部お家でやりたいの。駄目?」


「ん、母さんたちもそのつもりみたいだから大丈夫。みんなに若葉の花嫁姿を見てもらいたいんだけどなあ。ほら、式はもう明後日だから風邪引いたら大変だし、中に戻ろう」


「うん。ひのえちゃん…ありがとう」


「これからは家族になるんだから、遠慮なんかするなよ。熱いお茶を飲んで茶菓子を食べよう」


笑い合いながら中へ戻って行った姿は、銀にとって最も痛めつけられた光景だった。

今すぐ割って入って行って引き裂きたかったが…何より若葉が楽しそうにしているのが、何よりも堪えた。


「俺と居た時は…あんな顔をしていたか?」


今思えば、そういうことをあまり気にしたことが無い。

普段若葉がどんな表情をしているか…どんなものが好きなのか…全て知っているだろうか?


「全て…俺のせいか」


思い知らされる。
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