主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
屋敷の前で牛車が止まった音がしたのを若葉は聞き逃さなかった。

すでに丙の母によって綺麗に化粧が施されて、後は息吹が持って来るという白無垢を待っていたのだが、久々に息吹と会えることが嬉しくて、足早に玄関に向かう。

そして玄関先に丁寧に綺麗に畳んだ白無垢を携えた息吹が立っている姿を見た若葉は、視界が僅かに歪んだのを感じた。


「お姉ちゃん…」


「あの…会いに来てごめんね。本当はもう私に会いたくないんだろうけど…今日はみんなの代表として来たの。いやだったらすぐ帰るから言ってね」


「ううん、いやじゃない。お姉ちゃん…会いに来てくれてありがとう。白無垢もありがとう。お姉ちゃん…ごめんね」


何に謝っているのかすぐにわかった息吹は、笑顔を作って下駄を脱いだ息吹は、奥から出て来た丙の袴姿を見て噴き出した。


「息吹様!な、なんで笑うんですか?俺…おかしいですか?」


「ごめんね、よく似合ってると思うよ。若葉…私が着せてもいい?いやならはっきり言ってほしいの」


――遠慮していつものはきはきとした口調ではなくどこかおどおどしている息吹の態度に少し傷ついた若葉は、口元を緩めて頷いた。

こんな態度にさせてしまったのは、逃げた自分のせいだ。

若葉が息吹と同じような表情をして俯いたので、丙はすれ違いざま若葉の頭をぽんぽんと叩くと、違う部屋に行った。


「お姉ちゃん……元気…だった?元気にしてる?」


誰のことを聞いているのか知っていたが、息吹は丙の妻になる決意をした若葉を惑わせないように、小さく笑って襖を閉めて2人きりになった。


「みんな元気だよ。朔ちゃんも誘ったんだけど、まだ小さな子たちが居るからお留守番をしてくれるらしいの。“若葉によろしくって伝えておいて”って言われたよ」


「そっか…。お姉ちゃん、手紙を書こうと思ったんだけど…何を書けばいいかわからなくて、書けなかったの。ごめんね」


「手紙なんていいの。若葉…お嫁さんになっちゃうんだね。絶対幸せになるんだよ?幸せにしてもらってね?」


「うん…。本当にお姉ちゃんだけなの?他に…誰も来てないの?」


息吹は長襦袢を若葉に着せながら、なおもうそぶいた。


「誰も来てないよ。誰かに来てほしかったなら一応呼んでみるけど」


「…ううん、やっぱりいいの。ごめんね」


何度も何度も若葉が謝る度に、せつなくなる。

若葉が暗に気にしていた銀は、もうすぐ近くの木立に潜んでいるはずだ。

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