主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
息吹が丙の屋敷に入ってしばらくすると、主さまは銀と共に屋敷の玄関が見える木立の影に息を潜めて隠れていた。
銀は終始元気がなく、話しかければ会話はすれど弾むことはなく、失ったものの大きさを感じる。
元々言葉少なな主さまもめっきり会話がなくなり、銀と共にただただ息吹と若葉が出て来るのを待っていた。
「人の出入りが激しいな。さすがに豪商の家だ。…銀、少なくとも若葉は貧しい暮らしには無縁だから安心しろ」
「俺と暮らしていた時も貧しい暮らしじゃなかったぞ。家はぼろかったが……もう昔の話はやめよう」
いつもよく動いている耳と尻尾もほとんど動くことなく、濃紺の瞳はじっと玄関を見据えたまま。
だがそんな銀の肩がびくりと緊張したように動いたので視線を追ってみると――真っ白な白無垢を着た若葉が、しずしずと玄関に現れた。
俯いているので表情は見えないが、そんな若葉の手を取っている丙は至福の表情に輝いている。
そして奥から出て来た息吹は、微笑んではいたが…複雑そうな表情をしていた。
「…今だから言うが、俺と息吹はお前と若葉が夫婦になるのだとずっと思っていた」
「俺と若葉がか?……俺が正直であれば、そうなっていたかもしれないな。だが俺はどこかで間違った。その結果が今俺たちが見ているあの光景だ。…もう見守ることもできなくなる。これが…最後だ」
近所の者たちに挨拶をするため何件か回り、その後は屋敷に戻って身内で祝いの宴を設けるらしいので、あと1時間もすれば若葉を見ることができなくなる。
銀はまるで瞳に焼き付けるように若葉を食い入るようにして見つめていた。
――すると若葉がふいに脚を止めて顔を上げた。
主さまたちが隠れている木立からはかなりの距離があったので見つかるはずがなかったのだが…若葉ははっきりと主さまたちの隠れている方向を見つめて立ち止まっていた。
「…俺たちがここに居るのを知られたのか?」
「……あいつは鼻がいい。俺が近くに居るといつも若葉に見つかって…勘付かれたなら、俺はもう帰る。もう…十分だ」
最後に一目だけ――
主さまが静かに見守る中、銀は人型から真っ白で大きな白狐の姿に変化すると、大きく駆けて若葉の前に躍り出た。
それを知っていたかのようにずっと待っていた若葉は化粧を施されて美しく、何も話さずにじっと見つめている銀に笑いかけた。
「…幸せになります。ぎんちゃん、ありがとう。さようなら」
別れの言葉は銀の胸を締め付けて、空に向けて大きく甲高い咆哮を上げた。
銀は終始元気がなく、話しかければ会話はすれど弾むことはなく、失ったものの大きさを感じる。
元々言葉少なな主さまもめっきり会話がなくなり、銀と共にただただ息吹と若葉が出て来るのを待っていた。
「人の出入りが激しいな。さすがに豪商の家だ。…銀、少なくとも若葉は貧しい暮らしには無縁だから安心しろ」
「俺と暮らしていた時も貧しい暮らしじゃなかったぞ。家はぼろかったが……もう昔の話はやめよう」
いつもよく動いている耳と尻尾もほとんど動くことなく、濃紺の瞳はじっと玄関を見据えたまま。
だがそんな銀の肩がびくりと緊張したように動いたので視線を追ってみると――真っ白な白無垢を着た若葉が、しずしずと玄関に現れた。
俯いているので表情は見えないが、そんな若葉の手を取っている丙は至福の表情に輝いている。
そして奥から出て来た息吹は、微笑んではいたが…複雑そうな表情をしていた。
「…今だから言うが、俺と息吹はお前と若葉が夫婦になるのだとずっと思っていた」
「俺と若葉がか?……俺が正直であれば、そうなっていたかもしれないな。だが俺はどこかで間違った。その結果が今俺たちが見ているあの光景だ。…もう見守ることもできなくなる。これが…最後だ」
近所の者たちに挨拶をするため何件か回り、その後は屋敷に戻って身内で祝いの宴を設けるらしいので、あと1時間もすれば若葉を見ることができなくなる。
銀はまるで瞳に焼き付けるように若葉を食い入るようにして見つめていた。
――すると若葉がふいに脚を止めて顔を上げた。
主さまたちが隠れている木立からはかなりの距離があったので見つかるはずがなかったのだが…若葉ははっきりと主さまたちの隠れている方向を見つめて立ち止まっていた。
「…俺たちがここに居るのを知られたのか?」
「……あいつは鼻がいい。俺が近くに居るといつも若葉に見つかって…勘付かれたなら、俺はもう帰る。もう…十分だ」
最後に一目だけ――
主さまが静かに見守る中、銀は人型から真っ白で大きな白狐の姿に変化すると、大きく駆けて若葉の前に躍り出た。
それを知っていたかのようにずっと待っていた若葉は化粧を施されて美しく、何も話さずにじっと見つめている銀に笑いかけた。
「…幸せになります。ぎんちゃん、ありがとう。さようなら」
別れの言葉は銀の胸を締め付けて、空に向けて大きく甲高い咆哮を上げた。