主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
銀が会いに来てくれた――

しかも人型ではなく妖の姿の銀を見たのは、これがはじめてのことだった。


大きな遠吠えのような咆哮を上げた後、銀は1度だけまっすぐな視線で若葉を見据えた後、見事に長いふわふわの尻尾を振りながら身を翻して走り去って行った。

…白無垢姿を見に来てくれた。

赤子の頃から育てて来てくれた銀に何の恩返しもできないまま逃げるように丙に嫁いだが――想いは色あせることなく鮮やかなままだ。

丙は“それでもいい”と言ってくれた。

だから…嫁ぐことに決めた。


「ぎんちゃん…」


「…若葉、そろそろ戻ろう。転ばないように気を付けて」


袴姿の丙が若葉の手を取って屋敷に戻る姿を木立の影から見ていた主さまもまた、その場から立ち去ろうとしていたが――


「…息吹」


「主さま、帰ろ。若葉…綺麗だったね」


一緒に手を繋ぎながら家路に向かい、その間息吹は複雑な思いにかられていたことを明かした。

丙は妻になる若葉にべた惚れで、饒舌に若葉に話しかけていたが――若葉はもともと口数が多い方ではなく、時々にこっと笑ったりする程度。

丙にとってはそれで十分嬉しいらしく、幸せそうにしていたのに対して、若葉は未だ完全に想いを吹っ切れていないように見えた。

それでも丙に嫁がなければならない理由…


全て、銀が引き起こした責任。


「ねえ主さま…例えばの話をしてもいい?もし私が主さまのことを好きだけど、違う人に嫁いだら…主さまはどうしてた?」


その例え話を主さまは何度も悪夢に見てうなされた時期がある。

それを息吹に言ったことはなかったが、少し押し黙った後、握る息吹の手に力を込めて、冷えた肩を抱いた。


「嫁がせはしない。その場に乗り込んで行ってお前を奪う。男が抵抗したら、殺す。…これで満足か?」


「ふふっ、うん…そうしてくれたら若葉だってきっと…」


人型で若葉に会わなかったのは正解だ。

もしそうしていたら若葉にまた迷いが生じて、幸せそうにしていた丙を不安にさせて今日という幸せにならなければならない日を台無しにしてしまうところだった。


「俺が悩む間も与えない程銀をこき使ってやる。お前は…時々若葉に会いに行ってやれ。だが銀にそれを言うなよ」


「うん、わかってる。どうしてみんな…幸せになれないのかな…」


幸せになる相手を間違えている若葉。

その時銀はただ駆けて駆けて…全力で駆けて、後ろを振り返らないようにして、駆けていた。
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